デスク

吉川 「ちょっと藤村さん、はみ出てるんですけど」


藤村 「うわっ! やべ、出ちゃってた?」


吉川 「いや、どこ確認してるんですか。股間じゃないですよ。会社で股間周辺からなにかはみ出してたらまずいでしょ」


藤村 「あ、違うの? ひょっとしてフェロモンのこと?」


吉川 「違いますよ! なんですか、フェロモンはみ出ちゃってるって。どんだけセックスアピールしてるんですか。仕事中に」


藤村 「抑えきれないやつが溢れ出ちゃったのかと。男性社員に言われたことなかったから驚いた」


吉川 「女性社員も言わないでしょ。仕事中にフェロモン出ちゃってますよって。痴女じゃないですか」


藤村 「確かに女性社員に言われるのも俺の願望だった。人生ままならないものだな」


吉川 「で、あの。はみ出てるんですけど?」


藤村 「しつこいな。はみ出てないよ。はみ出てるとしたらどっちだよ? 玉? 竿?」


吉川 「なんではみ出ると言われるとそっちに行くんですか。違う。デスク」


藤村 「デスクってなに? スラング? どれのこと? 毛?」


吉川 「毛ってなんですか。デスクはデスク。机! この机! この線からこっち側は私のデスクです」


藤村 「あ……。はみ出てるな、確かに」


吉川 「気をつけてください」


藤村 「でも考えようによってははみ出てるのは書類だろ? 書類ってのは私の私物じゃなくて会社のものだ。ということは広い目で見れば会社のデスクの上に会社の用品が乗ってるだけで何もおかしくないわけだ」


吉川 「いや、ここはもう私のデスクでしょうが。私の領域」


藤村 「いや、私だって私物がそっちのデスクに乗ってたら申し訳ないと思うよ? でもこの書類に対して吉川くんがどれほど憎しみを抱いたところで捨てるわけにはいかないんだよ」


吉川 「別に個人的な感情を書類に抱いているわけじゃないですよ」


藤村 「だったらいいじゃないか。好意的に受け入れてあげなよ」


吉川 「そういう問題じゃなくて、藤村さんのだらしなさのことを言ってるんです」


藤村 「だから、もしこれが私の私物だったら。そうだな、たとえばこの食べかけの大福が吉川くんのデスクに乗ってたとする」


吉川 「あっ! なにするんですか。汚い!」


藤村 「そうなったらもうこれはしょうがない。私だってこれは吉川くんのものだと諦めるよ」


吉川 「いや、諦めないでよ。ちゃんと取って拭いてくださいよ」


藤村 「もうそれは吉川くんのものだから。将棋の駒のように二度と私の手元に戻ってくることはない」


吉川 「将棋の駒は割と軽率に戻ってくるやつの代表でしょうが。いらないっての。しかもナマモノ。食べかけ。あんこ面がデスクについてる! 最悪!」


藤村 「例えばこの替えのパンツが吉川くんのデスクに乗ったとする」


吉川 「ちょっ! やめて! 乗せないで!」


藤村 「大丈夫。洗ってあるやつだから。替えのやつ」


吉川 「なんで会社に替えのパンツ持ってきてるの。洗ってても全然嫌だよ。使用済みじゃないか」


藤村 「乗せないよ。乗せたら吉川くんの物になって私が困るもの」


吉川 「ならないよ! なんでデスクに乗ったら所有権が移るの。そんな法則初めて聞いた」


藤村 「でもこの書類は会社のものだから。吉川くんが所有権を主張するとしたら仕事をシェアしなきゃいけなくなる。それは私の判断じゃできないし課長のハンコもいるだろ?」


吉川 「別に所有権を主張してるわけじゃないんですよ。邪魔だから乗せないでくれって言ってるんです」


藤村 「お言葉だけど吉川くん、私にとってもこの書類は邪魔なんだよ。できれば見たくもない。なければどれだけ楽か」


吉川 「いや、それは藤村さんの仕事じゃないですか。感情で否定してもしょうがないでしょ」


藤村 「だったらお互い様じゃないか」


吉川 「どこが? まったくお互いの要素ないですよ。一方的ですよ」


藤村 「吉川くんはこの仕事したいの?」


吉川 「いや、だからしたくないんですって!」


藤村 「私もしたくない。言ってみればこの書類は二人の共通の敵だよ。だったら手を組もうじゃないか」


吉川 「理屈が飛躍しすぎて逆に納得しかけたけど無茶苦茶すぎる! もう理屈じゃなくてはみ出さないでって言ってるの!」


藤村 「だったら言わせてもらうけど、吉川くんだって私のデスクの方にフェロモンはみ出てるからね! ムラムラして仕事にならないんだよ!」


吉川 「えぇ……」



暗転

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