それだけじゃない
藤村 「待ってくれ! あいつが遅れてるのには理由があるんだ!」
吉川 「どんな理由があろうと、試合開始時間は伸ばせない。不戦敗とさせてもらう」
藤村 「違うんだ。確かにあいつは素行も悪かった。でもそれを改めてこの試合に挑んでいたんだ。この大会があいつがやり直すための最後の光なんだよ!」
吉川 「選手はそれぞれ様々な事情を抱えている。それをすべて認めていたら大会など成り立たない。尊重されるべきはルール、それ以外はない」
藤村 「もうこうなったら打ち明けるしかないか。実は昨日、友達がバイクで事故ったんだ。しかし緊急手術用の血液が足りなくて輸血が必要だった。あいつは大事な試合の前日だと言うのに血という血を抜きまくって朝まで病院にいたんだ」
吉川 「付き合う仲間を考えないからそんなことになるのだ。残念だが便宜を図ることなどできないね」
藤村 「それだけじゃない! 病院からこの会場に向かう途中で大きな荷物を持ったお婆さんに会った。俺はあんな死にかけのクソババアは放っておけと言ったのにあいつと来たら親切に荷物を持って……」
吉川 「まぁ、親切なんだろうけど言い方に気をつけなさい。あと、それは本人の判断だ。そのようなことをいちいち受け入れる訳にはいかない」
藤村 「それだけじゃない! 更に途中で産気づいた妊婦に出会った。俺は妊婦なんて人妻なんだからいくら親切にしてもヤラせてくれないぞ? ヤッちゃったら余計にややこしいことになるぞ? どうせなら他の女に親切にした方が元取れるぞ、と言ったのにあいつときたらタクシーで病院まで逆戻りして」
吉川 「それは親切なことだが、お前の忠告の仕方もまぁまぁ気になるな。いいことのはずなのにノイズが多くてあんまり入ってこない」
藤村 「それだけじゃない! その妊婦さんは幼い娘さんを幼稚園に迎えに行く途中だったそうで、あいつはわざわざ園に連絡して事情を説明したんだ。そして妊婦さんの義母に迎えに行くように手配して。普通ならそれを利用して保育士の方と知り合うチャンスだと言うのに!」
吉川 「いや、真っ当だろ。そうするのが一番だよ。保育士と上手いことやろうって思う方が異常だろ、そんな切迫した時に」
藤村 「それだけじゃない! まだ病院を出て急げば間に合う時間だったのに、途中で線路の敷地内に入ってる撮り鉄を見つけたんだ。普通ならこっそり動画に撮ってSNSで炎上させるのが一番世のため人のためになるというのに、あいつは静かに注意をして立ち去らせたんだ」
吉川 「正しいよ。よかったよ、それで。なんで炎上させるのが良いことみたいに考えてるんだよ。危険行為はなければないでいいことなんだから」
藤村 「それだけじゃない! そのクソみたいな撮り鉄を注意して戻ろうと思ったら全然知らん小汚いおっさんが『おいっ! 敷地内に入るな!』と逆に因縁ふっかけてきたんだ。普通なら調子こいてイキったおっさんを二度と口がきけない様にボコすところなのに。あいつは素直に謝っただけで」
吉川 「まぁ、おっさんもおっさんだけど。ボコさないよ。ボコしたらもう犯罪だから」
藤村 「小汚いおっさんだぜ?」
吉川 「小汚くても小綺麗でもボコしちゃダメだよ。それは選手資格はく奪になるから。やらないのが当然」
藤村 「それだけじゃない!」
吉川 「まだあるの?」
藤村 「敷地から出る時に足元に小さな花が咲いてたんだ。普通なら小汚いおっさんにムカついてるところだし踏みにじっていくところなのに、あいつはわざわざそれを割けて」
吉川 「特筆すべきことじゃないんだよ。それは当たり前だよ。綺麗な花をなんで踏むのよ」
藤村 「小汚いおっさんに会った後に綺麗な花なんて余計にむかつくだろ?」
吉川 「見れるだろ。おっさんの負のエネルギーに心が闇に侵されすぎだよ。別に花は踏まないよ」
藤村 「なんでわかってくれないんだ! あいつはそのくらい心を入れ替えたんだ! もうかつての悪かったあいつじゃない!」
吉川 「それはなんとなくわかるけど、付き合ってる仲間が悪いな。君のことだ」
藤村 「あんだと? 言い残すことはそれだけか?」
吉川 「いや、それだけじゃない……」
暗転
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