探偵

吉川 「なかなか面白い推理だよ。たいした想像力だ。あなたは探偵よりも小説家になった方が良さそうだ」


藤村 「いや、でもなかなか小説家一本で食べていくのは大変じゃないですか?」


吉川 「そういうことを言ってるんじゃないんだよ。皮肉だよ」


藤村 「例えばこの事件を小説にするとして、犯人を誰にしたら一番盛り上がるかと考えると……」


吉川 「小説の話はいいんだよ! 実際、今事件を解決しようとしてるんだろ」


藤村 「そうですね。でも小説として考えたら、あなたは犯人じゃないですね。キャラ的に弱すぎる」


吉川 「なんだよ、キャラ的にって失礼だな!」


藤村 「正直、全然魅力がない。こう言っちゃなんですけど、名前もなんでしたっけ?」


吉川 「覚えてないの? 3回名乗ったけど? 吉川だよ!」


藤村 「あ、はい。もしあなたが犯人だったら駄作になっちゃう」


吉川 「駄作ってなんだよ、そこは作者の腕次第だろうが!」


藤村 「いや、技術で補えるのにも限界がありますから。あなたが犯人っていうんだったら、あの人が犯人の方がまだ盛り上がりますよ」


吉川 「誰!?」


藤村 「ほら、あの人。あそこに立ってる。あのタオル首にかけてる」


吉川 「誰だよ、だから! 全然関係者じゃないだろ! ただご近所の方だろ」


藤村 「でもあの人の方がキャラ的に勝ってますし」


吉川 「俺が負けてるってこと? あいつこそ名前もわからないだろ! 顔だって平凡だし」


藤村 「でも首からタオル掛けてるから。それで他の人と区別つきますし」


吉川 「そんなワンポイントで? いなかった? 他に首からタオル掛けてる人」


藤村 「今回の事件の関係者にはいませんでしたね。あなたの方も……、ごめんなさい。お名前なんでしたっけ?」


吉川 「吉川! さっき名乗ったのに。ちゃんとメモとかしろよ! 覚えられるだろうが」


藤村 「キャラがねぇ……」


吉川 「キャラとかじゃねえだろ! なにか? キャラの薄いやつは犯罪とか犯しちゃいけないのか?」


藤村 「いや、キャラが薄いのに犯罪犯してどうするんですか?」


吉川 「どうするって、別に罪を犯すのに自分のキャラを顧みるやついないだろ! 俺はキャラ的にいまいちだから踏みとどまろうって余裕ないんだよ」


藤村 「多分あなたが犯人なら報道もされないと思うんですよ。恥ずかしいでしょ、犯人はこんな人ですって伝えるの」


吉川 「なんでだよ! 報道はするだろ、社会秩序に則って」


藤村 「いや、そんなニュース流れてきたらお茶の間も失笑というか」


吉川 「ニュースで犯人を見て失笑することある? それは見る側のスタンスの問題だろ!」


藤村 「逆の意味で模倣犯が出かねない。またもやキャラ薄の犯行! 現代に蔓延はびこる透明人間の暴挙! みたいな」


吉川 「ついに透明人間とまで言い始めたか。なら聞くけど、どうやったらキャラが濃くなるんだよ!?」


藤村 「別にキャラを濃くする必要あります? いいんじゃないですか、そのままで。あくまでこの事件を小説にするとしたら犯人としてはキャラが薄すぎるという話で、モブキャラとして登場するなら気に病むことありませんよ」


吉川 「お前、面と向かってモブキャラ呼ばわりされて平静でいられるかよ! 俺だって人生背負って生きてるんだよ! これまで喜びも悲しみも乗り越えてきたんだよ!」


藤村 「例えばどんな悲しみがありました?」


吉川 「は? 例えば? そんな急に言われても出てくるもんじゃないだろ!」


藤村 「どうせ悲しみも喜びもみたいなやつなんじゃないの? オリジナリティの欠片もないような」


吉川 「オリジナリティなくたって悲しいのは悲しいだろうが! 人の喜怒哀楽を相対的な価値で計ろうとするなよ!」


藤村 「だからあくまでこの事件を小説にするとしてという仮定において……」


吉川 「俺が! 俺が犯人だ!」


藤村 「それはちょっと受け入れかねますねー」


吉川 「遠慮するなよ!」



暗転

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