一万年後
吉川 「つまりあなたは、一万年後の世界からやってきた未来人だと」
藤村 「未来人というか、私は現代人のつもりなんでそう言われると気持ち悪いんですけど、あなた達から見たら確かに未来人でしょうね」
吉川 「それでタイムマシーンができたというわけでもない、と?」
藤村 「はい。まったくの事故で。だから元の時代に戻る方法もわからないし、同じような境遇の人間もいるのかどうか」
吉川 「ウソっぽいなぁ。なにか証明できることとかないんですかね? 未来ならではの」
藤村 「それが、なにがあってなにがないのかもよくわからないくて」
吉川 「いや、あるでしょ。この時代には絶対にないような知識なり情報なり」
藤村 「一万年前ですよ? そんなの歴史の専門家じゃないと知りませんよ。あなた、この国の一万年前になにが流行ってたとかご存知なんですか?」
吉川 「そういう細かいことは知らないけど。縄文式土器とかかな」
藤村 「この時代も器は土を固めて焼いたようなやつじゃないですか? 私から見たらどっちも似たようなものなんですが」
吉川 「いや、違うでしょ。縄文式とは」
藤村 「だから細かいところは専門家じゃないからわかりませんて。むしろ驚くくらい人間って代わり映えしないなーという感想ですよ」
吉川 「絶対に違うでしょ。テクノロジーとか」
藤村 「そりゃ違いますよ。でも私自身がそれを把握してるわけじゃない。あなたの持ってるそれ、それは通信用の端末ですよね。この時代の。でもそれがどんなテクノロジーで作られて動いてるかあなた自身は把握してますか?」
吉川 「そうかもしれないけど」
藤村 「あれですか? 歴史で知ってるトピックと言えば、鎌倉幕府ってもう開かれてます?」
吉川 「ものすごく前ですよ、それは」
藤村 「あー、じゃあもう全然細かい時代がわからないな」
吉川 「そんな感じなんだ。一万年だもんな。にわかには信じがたいが」
藤村 「この時代って重曹で油汚れが驚くほど落ちるテクノロジーはもう発見されてます?」
吉川 「え? 発見されてると思うけど。一万年後にも伝わるような大発見だったの? あれ」
藤村 「それを知ってからもう掃除が助かっちゃって」
吉川 「それは見つかってるけど、テクノロジーって感じじゃないな」
藤村 「シャツの襟の汚れを落とすテクノロジーは?」
吉川 「お掃除便利ライフハックばっかり注目してるな。そんなに残る? 一万年後にはそもそも襟が汚れないシャツくらいあるんじゃないの?」
藤村 「いやぁ、みんなシャツの襟は垢だらけだから。一万年後といえども」
吉川 「垢だらけなの? 汚いな。逆にあれか? 荒廃してる未来なのか?」
藤村 「あれ食べました? 味噌ラーメン。あのユーチューバーの」
吉川 「一万年後のトピックに残ってないだろ。なんで鎌倉幕府が曖昧なのにピンポイントでカップラーメンの発売抑えてるんだよ。やっぱりデマカセだろ!」
藤村 「それは昨日ネットで見たんで」
吉川 「あ、昨日見たんだ。一万年後と昨日のトピックが混在してるな。一万年後にはさすがに伝わってないよね? 味噌ラーメンとか」
藤村 「味噌は未だにありますね。しょうゆも。サルサソースも」
吉川 「サルサソースそこに並んだの? 同列で? あいつ割と新参者だと思ってたけど一万年後から見たら似たようなもんか」
藤村 「だからあなたから見た一万年前の人間ってのも、変わってないと思うでしょ。自分たちと同じように歩くし、ものを食べるし、話をする。歌だって踊りだって楽しむ」
吉川 「名前が番号になったり、身体の一部が機械になってたりしないの?」
藤村 「そういう人もいないことはないですけど、基本的な部分は変わらないですよ」
吉川 「大枠は変わらないのか。まだなんか信じられないな。日本語は変化してる?」
藤村 「そうですね。ちょいちょい古臭い言い回しをするなという気はしますけど、通じますし大きく変化はしてないと思います。文字も変化したやつもあるかもしれませんけど、今のところはまだ見てません」
吉川 「字も書くんだ? 一万年後でも?」
藤村 「役所に書類提出する時とか書きますよ」
吉川 「一万年経ってもそのシステムなのかよ。誰が維持しようとしてるんだよ! 普通にこうやって手で?」
藤村 「はい。万年筆で」
吉川 「確かに一万年後から来たのかも……」
暗転
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