飼育員

藤村 「ゴリラというのは大きく分けるとニシゴリラとヒガシゴリラに分かれるんです。名前は聞いたことあるかもしれませんが、マウンテンゴリラなんてのはヒガシゴリラに属します」


吉川 「そうなんですか」


藤村 「ただヒガシゴリラを実際に見たことある人は少ないんじゃないかな。実は動物園にいるゴリラはすべてニシゴリラのニシローランドゴリラなんです。ヒガシゴリラがいる動物園は世界中どこにもないんですよ」


吉川 「えー! そうなんですか? じゃあマウンテンゴリラって見れないんだ」


藤村 「そうですね。あー、今ちょっとお昼寝の時間かな。あんまり表に出てませんね。あ! ほら、あそこにいた」


吉川 「え? どこです?」


藤村 「ちょっと下のところ。ここからだと見えないか。この木に捕まると見えますよ」


吉川 「この木に? ちょっと無理です」


藤村 「え? あぁ! すみません。いつもゴリラ相手にしてるんで、木に捕まるのが当たり前な気がしちゃって」


吉川 「そんな勘違いあるんだ」


藤村 「あ、こっちの方からなら見えますよ。ほらほら、こっち来て。りんごあるよ~」


吉川 「あの、りんごでおびき寄せなくても行きますよ。言ってくれれば」


藤村 「すみません。いつもの癖で」


吉川 「癖でそこまでなる?」


藤村 「ちょっと動かないで! ほら、じっとしてて~」


吉川 「な、なんですか?」


藤村 「毛の間になんかゴミついてる。後でブラッシングだな」


吉川 「毛づくろいしないでくださいよ! 人間ですよ、こっちは」


藤村 「でもゴミが」


吉川 「口で言って! わかるから」


藤村 「ちゃんとブラッシングしてね」


吉川 「ブラッシングというか、普通に身綺麗にしますよ。大きなお世話だし」


藤村 「あれ? 機嫌悪いのかな。お気に入りのタオルしゃぶる?」


吉川 「臭っ! 何このタオル!」


藤村 「お気に入りのタオルしゃぶると落ち着くから」


吉川 「ゴリラのやり方! しゃぶらないよ! 臭いし!」


藤村 「そうですよね。すみません。これ新しいタオルです。自分で育ててください」


吉川 「お気に入りのタオルのクタクタ感出すために育てないよ! 人なんだよ!」


藤村 「ごめんなさい。あまりにお客さんがゴリゴリしいのでつい」


吉川 「ゴリゴリしいって何? そんな形容詞初めて聞いたよ」


藤村 「展示されてるゴリラの中には、ウンコを投げるのもいるんですよ」


吉川 「嫌だなぁ、それは」


藤村 「あれってどういう心境なんですか? やっぱりお客さんが騒ぐのを面白がって?」


吉川 「知らないよ! ゴリラの内面を聞いてくるなよ」


藤村 「投げるぞ、と持った感じってどうなんですか?」


吉川 「わからない! ウンコ投げたことないから! 人だから! 人はウンコ投げないから!」


藤村 「ちょっと気が立ってるのかな。お腹すいたのかな?」


吉川 「完全に飼育員目線になってる。バナナ出しそう」


藤村 「野生のゴリラはバナナ食べないんですよ。ゴリラはアフリカの動物でバナナはアジアの植物ですからね。もちろんバナナは美味しいから動物園で育った子は大好きですけど」


吉川 「そうなんだ。じゃあ野生のゴリラは何を食べてるんですか?」


藤村 「木の実や虫とかですね。雑食なんで」


吉川 「虫かぁ」


藤村 「懐かしいですか?」


吉川 「懐かしくはないよ! 昆虫食にエモさ感じてない。ゴリラじゃねえんだよ!」


藤村 「人間は自分が異常か正常か自分自身では判断できないそうです。だからこそ客観的な視点が必要となります」


吉川 「なんだよ、急に!」


藤村 「だからあなたも自分がゴリラか人間か判断はできないのです」


吉川 「できるだろ、それは。人間としてずっと生きてきたんだから」


藤村 「人間に育てられた動物はだいたいそう思ってます。あなたがゴリラかどうかは私が決めます」


吉川 「その前にお前は異常者だろ! そもそも飼育員かどうかも怪しいよ」



暗転

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