待合室

吉川 「すみません。ここっていつもこんなに待つんですか?」


藤村 「はい。あれ? この病院初めて?」


吉川 「あ、はい。引っ越してきたばっかりなんで」


藤村 「あぁ、そうですか。ここね、少し待ちますけどいい病院ですよ。今週になってまだ一人も死んでませんし」


吉川 「え。そりゃそんな頻繁に死なないでしょ」


藤村 「あれ? 一人出たんだっけな?」


吉川 「今週に入って? そのスパンで死人出てるの? 総合病院とかでもないのに?」


藤村 「でも死ぬのはしょうがないですよ。人はいずれ死にますから。むしろまだ一人も患者が死んでない病院の方が怖くないですか?」


吉川 「それはそれで怖いけど、ないでしょ。そんな病院あったら事件性を帯びてくる」


藤村 「そうですねぇ。あとすごいのは、入り口の自動ドアがスィ~って開くかな」


吉川 「次点が自動ドア? 病院の評価で自動ドアを褒め始めたらだいぶヤバいと思いますけど」


藤村 「なめらかなんですよ。あと薬があんまり苦くない」


吉川 「それは病気次第でしょ。たまたまあなたがそうだっただけで」


藤村 「でも本当にいい病院ですよ。あまりにいい病院だからみんな治り惜しいなんて言ってますよ」


吉川 「治り惜しいって言葉あります? 名残惜しいみたいな? 治るか治らないか自分の意志で制御できてるの?」


藤村 「もう治っちゃうなーと思ったらあえて身体に悪いことしてみたりね」


吉川 「なんのために! 自分も病院もプラスになってない。誰も得してない」


藤村 「あえて厳しい状況に身を置いたほうが成長できるといいますし」


吉川 「それで病気に? そんな成長したくないな」


藤村 「でも逆に健康って怖くないですか?」


吉川 「え、どういうことですか?」


藤村 「なんかあまりにも順風満帆すぎると怖いというか、失ってしまうリスクが肥大していく感じがしません?」


吉川 「言ってることはわからないでもないですが、健康はそういうものじゃないのでは?」


藤村 「健康な人がちょっと熱でも出ようものなら一大事じゃないですか。その点私なんかはちょっとくらい内臓飛び出てても、いつものことだなって気楽でいられるんで」


吉川 「内臓飛び出て気楽なのはまずいですよ。その事態に陥ったらどんな性格の人でも焦った方がいい」


藤村 「あくまで例え話ですよ。そのくらい不健康な状態に慣れてるので右往左往しないですむという」


吉川 「そういうもんですかね。でも健康がいいなぁ」


藤村 「健康っていうのはあくまで目指すべき夢であって、実際に叶ってしまったらもうその先はないですからね」


吉川 「いや? 健康を維持すればいいんじゃないですか?」


藤村 「違うんですよ。私の知り合いでソシャゲにハマってものすごい課金をしてですね、あらゆるキャラを最強に育ててランキングも1位になったそうです。その結果どうなったかというと、目標を失って引退しました。つまり健康もそういうものです」


吉川 「そのたとえと健康って釣り合ってます? 健康はソシャゲとは違わないですか?」


藤村 「いちいち反論してくるな。健康なんてものはこの世にはないんだよ! この健康ワナビーが!」


吉川 「あるでしょ。なに、健康ワナビーって。世の中の人は誰でも健康ワナビーじゃないですか」


藤村 「病院に来たんだから礼儀を守れよ! 待合室ってのはな、より不健康な人がえらいヒエラルキーができてるんだよ!」


吉川 「なに、その謎のマナー。全然受け入れたくない」


藤村 「どうせその顔色じゃたいした病気でもないだろ。お前くらい健康なら椅子に座るのも100年早いんだよ」


吉川 「最悪のマウントが始まったな。じゃああなたは何の病気なんですか?」


藤村 「私は健康診断の結果を聞きに来たんだ」


吉川 「ほぼ健康じゃねえか!」



暗転

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る