美容院

吉川 「こんにちはー。本日はどうします? いつもみたいに毛先を整える感じでいいかな?」


良子 「いえ。今日は思い切ってバッサリいっちゃってください」


吉川 「え? バッサリ? どうしたの? なにかあった?」


良子 「聞いてくれます?」


吉川 「うん、聞くよ。せっかくここまで綺麗に伸ばしたんだからね。よっぽどのことがあったんだ」


良子 「実は、家を出る時にスマホを充電する線がみつからなくて」


吉川 「うんうん」


良子 「なのでもうバッサリいって欲しいなーって」


吉川 「ん? 今、飛んだよね? エピソード」


良子 「何がです?」


吉川 「充電用のコードが見つからなかったんだよね。それで……」


良子 「バッサリいってくれます?」


吉川 「なんで? その間に色々ない? 普通なくないとおかしくない?」


良子 「なので今もう充電が2%しかないんです」


吉川 「ここでできるよ。充電。していいよ。だけど髪の毛は? 髪の毛に関するエピソードあるでしょ」


良子 「どういう意味ですか?」


吉川 「こっちが聞きたいよ。髪を切るって結構重要な決意があったわけだよね。その経緯がごっそり抜け落ちてない?」


良子 「ああ。それでですね。一昨日、家に帰るのが遅くなって夜遅くになっちゃったんだけど、なんか帰り道に変な男の人がついてきてる感じがして」


吉川 「うわー、怖いなぁ」


良子 「もう最悪。と思って、家について。その時はあったんですよ。充電する線」


吉川 「コードの話? その不審な男に髪を掴まれたとか」


良子 「いえ、なんか気持ち悪かっただけです」


吉川 「……髪のエピソードは? 何も続かないの?」


良子 「そろそろバッサリいってくれます?」


吉川 「なんで!? 理由なき断髪なの? それはそれで君の意志だからいいけど、何かあったんじゃないの?」


良子 「まだ聞いてくれます?」


吉川 「いいよ。こっちも気になるし」


良子 「だから帰りに百均にでも寄ってコード買おうと思ってるんですよ。でもあれって口の形が違うの色々あるじゃないですか?」


吉川 「コードの話ばっかり! そこを掘り下げて髪の毛の話に行き着くの?」


良子 「わからなくないですか? 買ってから合わなくても困るし」


吉川 「そうだね。よく確かめてから買うといいよ。もうこの話はあれかな、コードメインで終わるのかな。ま、いいんだけどね。プライベートに関わることだから無理に聞き出そうというつもりはないし」


良子 「そうなんですよ。で、充電の線を探すのと同時に部屋を掃除するじゃないですか? その時に結構部屋に髪の毛が落ちてて」


吉川 「キタキタキタ! 髪の毛の話来たよ! つながってきたよここに来て!」


良子 「そしたらなんと、なくなったと思ってた前の財布見つかったんですよ!」


吉川 「離れて行ったー。せっかく髪の毛に近づいたのに。思わせぶりな髪の毛エピソードやめてよ、もう」


良子 「バッサリで」


吉川 「うん。わかった。全然エピソード的な納得感はないけど、とにかくバッサリといきたい気持ちなのね。その気持ちは尊重する。本当にいいのね?」


良子 「本当にってどういうことですか?」


吉川 「え、だから。切って後悔はないのかなって」


良子 「考えたことなかったです」


吉川 「切ったあとの心境を考えずにバッサリしようとしてたの? 情緒が不安定すぎない?」


良子 「私の話聞いてました?」


吉川 「聞いてた。全部聞いたけど何もつかめなかった」


良子 「よく言われるんです。話にとりとめがないって」


吉川 「そうかもね。でもそれも個性だから。いいと思う」


良子 「そうじゃなくて、もっとバッサリいって欲しいんです」


吉川 「……話を? 世相を斬るみたいな感じでバッサリ言って欲しかったの?」


良子 「最初からそう言ってるんだけど」


吉川 「コードなんて買えばいいじゃない!」


良子 「だから買うって。歯切れ悪いな。もっとこう気持ちよくバッサリいけないの? 無能。ヒゲジョリ。一重ブタ」


吉川 「切れ味エゲツな」



暗転

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