藤村 「吉川先生。こちら書影になります」


吉川 「はい。こうして形になってくると嬉しいものですね」


藤村 「それで書籍の帯の方なんですが、どなたかご希望の方とかいらっしゃいますか?」


吉川 「そういうのって選べるんだ? え~と、でも特にないな」


藤村 「特にご希望の方がいない場合、編集部の方で適当な方にお願いするという形になりますがよろしいですか?」


吉川 「なにせ本を出すの初めてなもので。もうお任せでよろしいですか?」


藤村 「でしたら私の一押しの案があるんですが」


吉川 「へぇ、どんなの?」


藤村 「『グーテンベルクが発明! した活版印刷の技術が発展しこの本が生まれました』というのは?」


吉川 「帯に? それが? グーテンベルクが発明した本みたいになっちゃってない?」


藤村 「そのあとに小さくちゃんと書いてあります」


吉川 「ちっちゃい! でもこれ、私の小説の宣伝というより、本全体の宣伝になってない?」


藤村 「はい。これオールマイティなんです」


吉川 「大貧民のジョーカーじゃないんだから。オールマイティの帯を初めての書籍につけないで欲しいな」


藤村 「ダメですかね? でしたらこういうのはどうでしょう? 『累計1000万部突破! して欲しい』」


吉川 「またちっちゃい字。ズルくないそれ? あとなに? 願望?」


藤村 「『 無理なら10万部突破!』というのも」


吉川 「妥協してきたな。そういう問題じゃないんだよ」


藤村 「『 せめて1000部!』といった形で」


吉川 「どんどんスケールダウンしていかないでよ。悲しくなる。帯ってそもそもそういうものじゃないでしょ? 願望を書いてどうするの?」


藤村 「いつか叶うかなって」


吉川 「七夕の短冊じゃないんだから。願いを掛けないでよ」


藤村 「『スティーブ・ジョブズが絶賛! した黒いセーターを着ながら書きました』というのも」


吉川 「一旦その騙しの方向性やめない?」


藤村 「え? 騙してない帯なんてこの世にありませんよ?」


吉川 「あるだろ! なんで断言してるんだよ。普通の常識的な著名人に推薦してもらえばいいじゃない」


藤村 「え~と、じゃあホリエモ……」


吉川 「ダメだよ。相性最悪だよ。小説なんてコスパ悪いもんなんだから。コスパを重視する人が一生たどり着けない喜びを提供するのが小説の良さなんだから」


藤村 「では、ひろゆ……」


吉川 「私の小説読んでるよね? 合うわけなくない? 人間の心を書いてるんだよ? 心ってのは矛盾するもんなんだよ。人間の知性っていうのはその矛盾をいかに抱えながら決断をしていくことじゃない? それを描いてるんだよ! 極端に切り捨てて論破できる心なんて存在しないんだよ!」


藤村 「では最後の手段ということで先生のお写真と『私が書きました』という帯で」


吉川 「生産者表示じゃん! ほうれん草じゃないんだから。著者紹介のページはなんかペロってめくったところにあるでしょ? 帯にまで進出するのしつこすぎない?」


藤村 「すみません。なにぶん、大げさに騙さない形の帯なんて初めてなもので」


吉川 「今までどういう本に携わってきたんだよ!」


藤村 「じゃあこういうのはどうですかね? 『読んでると指の油がなくなってガサガサになる!』とか」


吉川 「それを見て誰が『だったら買おう』って思うんだよ? そんなになるか? あなたあんまり本読まないの?」


藤村 「まだないです」


吉川 「まだないってどういうこと? 読書経験が一度もないの?」


藤村 「まだキレイな身体なんで」


吉川 「読書家の身体が汚いみたいに言うなよ! よくそんなやつが編集部に入れたな」


藤村 「伸びしろを評価されたんで」


吉川 「今のところまだ全然伸びてないけどな。だったら何かいいアイデアで可能性見せてよ」


藤村 「『最高に面白い小説と普通の面白い小説の中間よりちょっと最高よりの面白さのある小説!』というのはどうでしょう?」


吉川 「冗長! 長い上に全然伝わってこない。よくそんなもってまわった言い方できるな」


藤村 「長すぎましたか。ではもうシンプルに『本』でいいんじゃないですか?」


吉川 「帯に短し!」



暗転

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る