レア

吉川 「これがやっぱり一番好きで。復刻モデルなんだけど、シカゴ」


藤村 「見たことあるやつだ!」


吉川 「でしょ? なんだかんだいって一番有名だから。というかエアジョーダンと言えばみんな思い浮かべるのはこれでしょ?」


藤村 「ちょっと履いてみていい?」


吉川 「あ、え? いや、それはちょっとダメだな。俺も一回しか足を入れてないし。基本的に履く用じゃないから」


藤村 「スニーカーでしょ?」


吉川 「そうなんだけど。まぁ、言ってもわからないと思うけど俺にとってはこれは美術品なんだよ。たまたまスニーカーの形をしているだけで。もう見ているだけで満足なの」


藤村 「全然履かないんだ?」


吉川 「履いて歩くなんてとんでもない! わかってる。スニーカーなのに履かないのは変だっていう指摘はもう何度もされてる。けど俺にとっては違うんだよ」


藤村 「いや、わかるよ」


吉川 「本当? わかってくれる?」


藤村 「俺も他人にとってはゴミみたいなものだけど、自分にとっては宝物っていうのあるもん」


吉川 「だよな? そういうのってあるよな」


藤村 「たとえばこれなんだけど」


吉川 「ん? なにそれ? ティッシュにしか見えない。中になにか入ってるの?」


藤村 「ちょっと開いてみ」


吉川 「え? なに? カピカピしててなにもないよ?」


藤村 「これ、鼻をかんだあとのティッシュ」


吉川 「汚ねーな! ゴミじゃねえか!」


藤村 「まぁ、他人にとってはそうなんだけど。これは亡くなったお婆ちゃんが最後に鼻をかんだティッシュなんだ」


吉川 「あぁ……。なんかゴメン。汚いとか言っちゃって」


藤村 「いや、汚いと思うのは当然だよ。でも俺にとってはさ」


吉川 「そうだよな。大切な思い出でもあるし」


藤村 「まぁ、それは捨てておいて」


吉川 「なんでだよ! 大事な思い出だろ?」


藤村 「あぁ、それは復刻版のやつで俺の鼻水だから」


吉川 「復刻版とかないだろ! 何を復刻してるんだよ! 鼻水のティッシュで!」


藤村 「オリジナルはちゃんと家においてあるよ。ボロボロになっちゃうし」


吉川 「大事ならそりゃそうだろうけど。復刻という概念をこんなのに使う? 二度と復刻しないでくれるかな?」


藤村 「それ、エアジョーダンにも言えるの?」


吉川 「いや、一緒にするなよ!」


藤村 「はぁ~ん、人の趣味に関してはそんな態度なんだ」


吉川 「……確かに誰かの大切なものをどうこう言う権利はないな。でも違う気がするんだよなぁ」


藤村 「あとこれレアな煙草の吸殻。もうこのタバコ自体が廃番になってるから手に入らないやつ」


吉川 「ゴミなんだよなぁ。基本的な価値がゴミなんだよ。お前にとっては大事なんだろうけど、それに共感してくれる人他にいないだろ。スニーカーはまだ世界中にコレクターがいるから」


藤村 「いや、これに関しては俺もゴミだと思ってるよ?」


吉川 「ゴミを持ってくるなよ! レアなお宝の話の流れで出したんじゃないの?」


藤村 「廃番になってるけど、まあこれはゴミだよ。俺もいらないし。捨てておいて」


吉川 「お前がいらないって言ったらもう世界中の誰もこいつに価値を見いだせないのよ。せめて俺のジョーダンに対する思いと均衡するくらいすごいレアなやつを自慢して欲しいよ」


藤村 「あるよ?」


吉川 「本当? どうせゴミじゃないの?」


藤村 「失敬だな。これは多分お前も価値を感じると思う」


吉川 「まじで? そういうのあるんだ? どれどれ?」


藤村 「これなんだけど。踏まれたガム」


吉川 「ゴミじゃねえか! 紛うことなきゴミ! 思い出とかないだろもうこんなのには!」


藤村 「これ、オリジナルのエアジョーダンで踏んだガム」


吉川 「レアー!」



暗転

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