盗撮
藤村 「見てください、この動画。この人物の動きは明らかに怪しいと思います」
吉川 「確かに。なんでこんなところに。不審ですね」
藤村 「最近は凶悪な事件が増えてますし、この男も若く見えますが詐欺の受け子かなにかの可能性があると思います」
吉川 「わかりました。捜査にご協力感謝します。ちなみにあなたはここで何を?」
藤村 「あ、盗撮です」
吉川 「えー? 盗撮!?」
藤村 「いや、違います。盗撮と言っても変な意味じゃなくて」
吉川 「ですよね。びっくりした。自白から先に入るタイプかと思った」
藤村 「気の強そうな女がいたんで動画に撮ってました」
吉川 「いや、それが盗撮でしょ? 変な意味での」
藤村 「違います、違います。ほら、普通の盗撮って気の弱そうな女を付け狙う悪辣な犯罪じゃないですか? 私はそういうのじゃなくて気の強そうな女にいくという、言ってみればチャレンジなわけです」
吉川 「それが盗撮だよ。相手が誰だろうと」
藤村 「わからないかなー。全然そういうのじゃないんです。ほら、盗撮って性的な目的でやるものじゃないですか? 私はそういうのじゃなくて純粋にバレるかバレないかのせめぎ合いを楽しんでいるわけで」
吉川 「紛うことなき犯罪なんだよ。盗撮のいけない部分を余すことなくカバーしてる」
藤村 「わかりましたわかりました。しょうがない、これを言うしかないか。実はね、私プロのカメラマンなんです。だから私が撮ってるっていうのは言ってみればプロがサービスで奉仕してるようなもので。プロのミュージシャンが無料で路上ライブをやったりするのと同じ意味なんですよ」
吉川 「同じじゃないよ。相手の同意なく撮るってのがダメなんだから。犯罪だよ」
藤村 「そんなこと言ったらあなただって私の同意なく犯罪と決めつけてるわけですよね? これはもうお互い様だ」
吉川 「全然違うだろ。こっちは捜査権があるんだから」
藤村 「こっちも盗撮権みたいなものがあるってことじゃないですか?」
吉川 「なんだよ、盗撮権って。そんな権利はないよ」
藤村 「あの、ひょっとしてなんですが。あなたは芸術と犯罪の区別がついていない?」
吉川 「ついてるよ! これは犯罪。たとえ芸術だろうと犯罪だよ。それは並び立つんだよ」
藤村 「困ったなぁ、なんて言えば伝わるんだろ。じゃあ例えばこんな話はどうですか? あるところに今すぐ殴られないと死んじゃう病の患者がいたとします。それに気づいた人が命を助けるためにその人を殴りました。はたしてこれは罪に問われることでしょうか?」
吉川 「なんだ、その例え話? なるほどと思うポイントが一個もないのすごいな。なに、今すぐ殴られないと死んじゃう病って」
藤村 「人の命の前には殴ったか殴らないかなんてのは些末な問題ですよ」
吉川 「まだいうの? その微塵も響いてない例え話で。無理だよ。誰に言ってもそれは通らないよ?」
藤村 「こんなこというのはなんですが、私だってね、盗撮したくて盗撮してるわけじゃないんですよ!」
吉川 「じゃあなんで盗撮なんてしてるんだよ」
藤村 「あなただって仕事だから仕方なく人を疑っているわけでしょ? 元々そんな人間じゃなかったわけでしょ? ご両親に愛されて、一角の人物になれと期待されて育ったわけでしょ?」
吉川 「余計なお世話だよ。疑いたくなくても仕事ならするし、別にお前に対しては疑いたくないとも思ってないよ」
藤村 「はっきり申し上げますが、あなたがどれほど権力をかざそうと、現代の美意識を切り取る路上の芸術家の矜持として屈するわけにはいきません」
吉川 「格好良く言うなよ。そんな仕事はない! お前が趣味で名乗ってるだけだろ」
藤村 「その言葉そのまま返しますよ! 盗撮捕まえ家なんて職業はない!」
吉川 「それはないよ。警察だよ!」
藤村 「こっちは盗撮だ!」
暗転
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