催眠術

藤村 「催眠術というのは掛かるとか掛からないとかそういうものではないんです。人というのは基本的に常に軽い催眠状態にあるんです」


吉川 「そうなんですか!?」


藤村 「はい。まぁそれをやる気であるとか、テンションが上がるとか、様々な言葉で言い換えているだけで。言ってみればそれはすべて催眠状態の深さの違いにすぎないんです」


吉川 「なるほどー」


藤村 「なので効くかどうかみたいなことをあまり意識しないでですね、自然でいれば効果はあります」


吉川 「ちょっと怖いんですが」


藤村 「人間の身体というのは自ら極端に良い方にも悪い方にも傾かないようになってます。外部から攻撃されて怪我をするのと違って、いくら催眠で怪我をしろといってもそうはなりませんから安心してください」


吉川 「そうですか。わかりました。でもそれで私のトラウマは取り除けるんですか?」


藤村 「もちろんです。むしろ取り除きすぎて苦情が来るくらいで」


吉川 「それは逆にダメなんじゃないですか? 普通でいいです。普通にお願いします」


藤村 「では力を抜いてリラックスしてください。そのままゆぅ~っくり目を閉じます。あなたはクズ野郎です。救いようのないクズです」


吉川 「いや、ちょっと待ってください。え?」


藤村 「はい、なんでしょうか?」


吉川 「え? これって催眠術?」


藤村 「まだ導入ですから」


吉川 「なんかそういうのじゃなくないですか? ただしっとりとした良い声で罵倒されただけのような」


藤村 「あ~、そう思われたのでしたら深く入ってますね」


吉川 「深く入っちゃってたの? 普通はそう思わないの?」


藤村 「ここまで敏感に反応する方はあまりいませんね」


吉川 「だってクズだって言ってたよ?」


藤村 「はい。ではまた力を抜くてくださいクソ野郎」


吉川 「おい、今言ったな?」


藤村 「なにがですか?」


吉川 「なにがですか、じゃないだろ。催眠に行く前に悪意が来るんだよ」


藤村 「やはりかなりトラウマを抱えてるようですね。もう少しゆっくり戻りましょう」


吉川 「俺の反応のせいみたいに言うなよ」


藤村 「はい、ゆ~っくり身体を左右に振ります。そしてその度に年令が一つずつ若返っていきます。ゆっくりゆっくり動かして~。あれはお母さんですかね。年の割に色気があっていやらしいですね~」


吉川 「いや、待てよ! 百歩譲って俺のことは良いけど親のことを言うなよ」


藤村 「むしゃぶりつきたくなりますね~」


吉川 「やめろよ! どんな目で見てるんだよ、人の親を!」


藤村 「いいですよ~。ちょっとはだけてみようか?」


吉川 「俺の催眠に集中しろよ! 新進気鋭のカメラマンみたいな圧力を出すなよ」


藤村 「ああっと思ってたらウンコ踏んじゃいましたね~」


吉川 「ましたね~。じゃないよ。踏ませるなよ、催眠状態の俺に」


藤村 「どうします? ちょっとだけ嗅いでみます?」


吉川 「どんな提案だよ。いくら催眠状態でもそれは頷かないよ!」


藤村 「おや? 向こうから誰か来ますね。アレは誰でしょう?」


吉川 「いや、わからないです」


藤村 「笹咲ですね。いやぁ、久しぶりだな。学生時代以来?」


吉川 「誰だよ! 知らないよ。それお前の知り合いじゃないの? 俺の催眠に呼ばないでくれる?」


藤村 「そういえば笹咲に金を借りてましたね~。すみません、今手持ちがないんで出しておいてもらえます?」


吉川 「俺が!? なんで?」


藤村 「手持ちがないんで」


吉川 「手持ちがあるとかないとかの問題じゃないだろ。なんで俺がお前の借金を返さなきゃいけないの?」


藤村 「まずい! トラウマが増えてしまう。増幅しつつありますよ~」


吉川 「わかったよ! なんかすげぇ納得いかないな!」


藤村 「はい。お疲れ様でした。ではその建て替えていただいた分をこちらに」


吉川 「払うの? 本当に? これは催眠じゃなくない?」


藤村 「大丈夫です」


吉川 「なんだよ、大丈夫ですって。大丈夫かどうかは俺の気持ちの問題だろ。お前が決めるなよ。払うけど」


藤村 「ではこれから催眠状態に入ってもらいます」


吉川 「なんだったの、今までのやり取りは!?」



暗転

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る