膨張

教授 「宇宙というのは膨張し続けているのです」


吉川 「そうなんですか」


教授 「つまり相対的に言えばすべてのものが小さくなってるとも言える」


吉川 「ん? 今一つピンとこないんですが」


教授 「例えばこれくらいのお弁当箱を想像してください」


吉川 「はい」


教授 「おにぎりおにぎりちょいと詰めてください」


吉川 「……はい?」


教授 「刻み生姜にごま塩振って」


吉川 「もういいです。ありがとうございました」


教授 「ここまで歌ったんだから最後までいかせて。気持ち悪いから」


吉川 「何の話なんですか!」


教授 「つまりお弁当箱が大きくなってるのにおかずのサイズが変わらなければスッカスカに見えるでしょ。それは主観的に見ると小さくなったように思えるんじゃないかという話です」


吉川 「最初からそういえばいいのに。刻み生姜にごま塩振る必要ないでしょ」


教授 「その証拠に、先日選挙の投票のために小学校に行ったんだけど、そこで見た下駄箱や机や椅子がメチャクチャ小さくて。鉄棒なんてこんな低いの!」


吉川 「成長ですよ、それは。誰だって小学校の頃よりは成長してます。宇宙規模の話をする感じじゃない」


教授 「私もはじめはそうかなと思ったんです。これは成長だなって。しかしそれだけでは説明がつかないことがあったのです。なんとその頃好んで食べていたお菓子も小さくなっていたんですよ!」


吉川 「不況! それは不況のせい! 日本の経済が沈み込んだまま浮上の目処の立たない沈黙の艦隊になってるせい!」


教授 「5個入りだったパンも4個入りに!」


吉川 「だから不況! そもそも数が減ってるんだから小さくなったという理屈じゃないでしょ」


教授 「お弁当も上げ底になっていて」


吉川 「不況ですよ! それを見て『宇宙の膨張のせいか?』と考えるほうが難しいでしょ。誰が見ても不況です」


教授 「ヤマザキ春のパンまつりも交換ポイントが去年は28点だったのに今年は30点になってて」


吉川 「何の話をしてるの? もう不況の話をしたい人にしか思えないんですけど」


教授 「宇宙の膨張とともにあらゆるものが相対的に小さくなっているという話です!」


吉川 「なってない。少なくともその理屈を補強する証拠として列挙したものは無関係ですよ」


教授 「そうですね。しかしここで私はさらに仮説を立てました。実は私自身の器が大きくなってるんじゃないかと」


吉川 「弁当の上げ底やヤマザキ春のパンまつりのポイントをチクチク指摘してる人の器が大きいとは思えないんですが」


教授 「本当は全然気にしてません。今年の白いフローラルディッシュはあんまり好みじゃないし」


吉川 「小さい! 気にしてない振りをしてても器の小ささがこぼれ出てる」


教授 「だったら宇宙ですよ! もうどっちか。二択! さぁ、どっち?」


吉川 「勝手に二択にしないでくださいよ。不況だからって答えは出てるのに。頑なだな」


教授 「では決定的な証拠をお見せしましょう」


吉川 「決定的な証拠があるなら最初にそれを提示してほしいですよ」


教授 「これ! 去年のズボン! もう入らないんです!」


吉川 「肥えだよ! ブクブク太ったから。運動不足ですよ」


教授 「宇宙の膨張が……」


吉川 「宇宙の膨張の影響がウエストに丁度よく出るわけないじゃないですか」


教授 「奥さんに怒られる」


吉川 「運動して痩せましょう? 協力しますよ」


教授 「このお菓子、サイズ小さくなったからもう一個食べても大丈夫だよね?」


吉川 「それだ、原因」



暗転

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