時間遡行者

藤村 「なんてこった! まさかこんな影響があるとは」


吉川 「どうしたんだよ?」


藤村 「それだよ。まさにお前のこと。なんでそんな風になっちゃったんだ?」


吉川 「え? なにが? 俺がなんかした?」


藤村 「いや、お前がなにかしたというか。なってしまったというか。実は複雑な話なんだが、俺はタイムスリップをしたんだ」


吉川 「タイムスリップ? いつ?」


藤村 「いつっていうか、さっき戻ってきたんだけど。10年前に行っていた。まぁ、そこでちょっとした問題を解決して戻ってきたんだけど、そうしたら吉川がこんな姿になっていて」


吉川 「こんな姿って、俺は前からこんな姿だけど?」


藤村 「違う! 元の正しい時間軸ではお前はそんなんじゃなかった。肩にトゲのついた革ジャンを着てたし」


吉川 「俺が? なんのためにそんな格好を」


藤村 「普段着で」


吉川 「普段着で? 肩のトゲを普段遣いすることある? そもそもそういうのって世界観に依存するものじゃないの? その世界は荒廃してたの?」


藤村 「いや、戻ってきた感じとしては全然元と変わってない。お前だけが変わってるから驚いただけで」


吉川 「この世界観の中で普段着として肩にトゲついた革ジャンだったの? 周りから浮くだろ、そんなの」


藤村 「浮いてはいなかったよ。まぁ、吉川の支配から逃れようと画策してた者はいたけど、だいたい粛清にあってたから」


吉川 「支配体制を布いてたの? この俺が? そりゃ肩にトゲもつけるか。お前はそれを正すために過去へ行ったのか?」


藤村 「ずっと気になってた図書館で借りっぱなしだった本を返しに」


吉川 「タイムマシーンで? 使い方をどうこういう資格はないけど、そういう使い道って割とよくあるの? 過去ってそんな気楽に行けるもんなんだ」


藤村 「いや、下手すると戻ってこれないし、もう二度とタイムスリップはできないよ」


吉川 「その一回を図書館の本の返却に使ったの!? なんで?」


藤村 「そういう身の回りのことからきちんとしていこうと思ってさ」


吉川 「真っ当だと思うよ。お前の考えは健全だよ。だけど、普通はもうちょっと人間らしい発想をしないか?」


藤村 「俺の考えって悪魔的か?」


吉川 「いやいや、そういう意味じゃなくて。むしろ天使だよ。お前が正しい。正しすぎて怖いくらいだよ。で、そこで俺に何をしたんだ?」


藤村 「なにもしてない。会ってもいない。10年前のお前がどこにいたかも知らないし」


吉川 「その頃は支配体制を布いてなかったのか。ここ10年くらいで為し遂げるとはなかなかやり手ではあったな」


藤村 「この10年、お前に何があったんだ!?」


吉川 「それはこっちのセリフだよ。むしろ前の時間軸の俺に何があったんだ」


藤村 「参ったなぁ。この様子じゃ他にも様々な影響が出てそうだ」


吉川 「でもいいんじゃない? 俺自身は困ってないし、話を聞く限り前の時間軸よりまともになってるような気もする」


藤村 「吉川がまともな世の中なんてあってたまるか!」


吉川 「そこまで? そんなにヒドかったのか、それはなんかゴメン。全然自覚ないけど」


藤村 「しかし吉川が変わったとなると、今週耳を削がれるはずだった犠牲者はどうなるんだ?」


吉川 「削いでたの? 耳を? 週ごとに?」


藤村 「吉川の恐ろしさを世に広めるために必要なことだったから」


吉川 「最悪すぎない? それ本当に俺? 10年くらいでそこまで人格が変わるとは思えないんだけど」


藤村 「本当に変わったのか? いや、俺を騙すためにそう振る舞ってるだけか。あの吉川ならそのくらい容易にするだろう」


吉川 「狡賢く機転も利いて残虐なの? むしろそれだけの能力がありながらなんで今の俺はこんななんだ?」


藤村 「しかしもう二度とタイムマシーンは使えない。こうなったら今の吉川に以前の時間軸のようになってもらうしかないか」


吉川 「別にならなくていいでしょ。周りの人だってその方がいいに決まってる。俺がこれを受け入れてるんだから変わる必要ないよ」


藤村 「そうなるとこの10年くらい吉川に引っかぶせていたあらゆる罪が明るみに出てしまう!」


吉川 「どう考えても俺が変わったのお前のせいじゃない?」



暗転

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