褒め

藤村 「やんのかコラァ?」


吉川 「上等じゃねーか!」


藤村 「え? そう? 別にそんなに上等なわけじゃないけど。そう見えちゃう?」


吉川 「違うよ! 褒めてないよ! なに急にはにかんでるんだよ! お前よくこの流れで褒められたと思ったな」


藤村 「嘘かよ! ドッキリか? ふざけんなこの野郎!」


吉川 「騙してるつもりはないんだよ。普通わかるだろ。まったくおめでたい野郎だな」


藤村 「え? それはどうも。急にそんなこと言われるとビックリしちゃうな。あれかな、サプライズってやつ?」


吉川 「祝ってないんだよ! お前の頭がおめでたいと言ってるんだよ!」


藤村 「頭が? そんな風に言われると照れるなぁ」


吉川 「褒めてないんだって! バカって言ってるんだよ」


藤村 「何だよ急に! 持ち上げといて落としやがって! 余計傷つくだろうが!」


吉川 「持ち上げてないんだよ。最初からずっと落とし続けてるんだよ。めでたいも落としてるんだよ」


藤村 「言葉が裏腹な人間なのかよ?」


吉川 「そうじゃないけど、そういう用法があるんだよ。馬鹿にする意味で持ち上げるようなのが」


藤村 「ということは、どこから褒めてなかったの?」


吉川 「一回も褒めてないよ。最初っから。罵倒しか言ってないんだよ」


藤村 「お前、やめたほうがいいぞ、そういうの。人間が歪んでる」


吉川 「勝手に勘違いしたのはそっちだろうが」


藤村 「気に食わないなら初めから暴力でやればいいのに。ちょっといい気にさせてから裏切るとか。喧嘩をするにもやり方ってのがあるだろ」


吉川 「こっちは初っ端から喧嘩をしてるつもりだったんだよ。そっちが勝手にいい気になったんだろうが」


藤村 「だったら最初から喧嘩でいいんだよ! やったんぞ、この野郎!」


吉川 「面白い。かかってこいよ」


藤村 「え? 今の面白かった? どこだろ? あれかな? 偶然ダジャレみたいになっちゃってた?」


吉川 「違うんだよ! 面白さを評価してるわけじゃないんだよ!」


藤村 「見た目? 見た目が面白いってこと? この動きが?」


吉川 「その動きも面白いけども! さっきやってなかっただろ、その動きは。なんで面白い方に寄せてきてるんだよ」


藤村 「褒められて伸びるタイプなのかなぁ」


吉川 「いちいちポジティブに受け止めすぎなんだよ。喧嘩だろ? もう褒めたりしないから。そういう関係じゃなくなってるから。お互いムカついてる状態なんで。それを前提に掛け合いをしてくれよ」


藤村 「そっか。喧嘩だったな。じゃあこれからは本気で行くぞ!」


吉川 「いよいよ本気か。楽しませてくれそうだな」


藤村 「え? そんなハードル上げないでよ。やるだけやるけどさ。じゃあさっきの動きからさらに派生した感じで」


吉川 「楽しませようとするなよ! なんでそんな楽しい動きできるんだよ! 緊迫したムードからどうやって気持ち切り替えてるんだよ!」


藤村 「ひょっとしたら俺は根っからのエンターテイナーなのかもしれん」


吉川 「そんな才能に今気づくなよ! 流れが毎回ぶった切られるんだよ」


藤村 「そもそもお前が楽しもうとするからいけないんだろ」


吉川 「皮肉なんだよ。喧嘩なんて楽しくないよ。でもそれをあえて逆っ側からアプローチする上等な言い方なんだよ」


藤村 「じょ、上等?」


吉川 「違う違う。褒めてない。お前に対して言ってもいない。褒めワードに敏感すぎるな。喧嘩、するんだろ?」


藤村 「しようと思ってるんだよ。なのに毎回お前が気勢を削ぐから」


吉川 「率先して削がれに来てるじゃん。集中しろ! もっと相手への憎悪に。他のことには目もくれずに暴力に邁進しろ!」


藤村 「わかった! たとえお前がなんと言おうと聞く耳なん持っちゃいねえ! 泣いて詫びろ!」


吉川 「ハンッ! お前にしちゃ上出来だ」


藤村 「え?」


吉川 「ほら、またー!」



暗転

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