止め

藤村 「早まるな!」


吉川 「うるさい! こんな俺は生きててもしょうがないんだ!」


藤村 「そこまで言うならしかたないか」


吉川 「引き下がるの早いな! それほど食い気味に引き下がるなら初めから止めようとするなよ!」


藤村 「それもそうか。なにがあったか話してくれないか?」


吉川 「この不況で会社は潰れ……」


藤村 「それはしょうがない。会社潰れちゃったらもうダメだわ。生きていけないわ」


吉川 「いや、まだあるんだよ! 要素は一個じゃないから。いっぱいの原因で結果的に死のうと思ってるんだから」


藤村 「まだあるの? よくまだ生きてられるな」


吉川 「そんな言い方なくない? そりゃ死のうとしてるけど、死んで当然みたいに思ってない?」


藤村 「そんなことないけど。で、どうなったの?」


吉川 「家賃を払えなくなって借金ができて」


藤村 「それはもう無理だな。誰だって死ぬ。ではどうぞ」


吉川 「いや、まだなんだよ。どうぞって促すなよ! 借金くらいは割とある人いるだろ。みんなそれでも生きてるよ」


藤村 「まじで? 心強すぎない? 俺だったらもう無理。あなたがそうしようとする気持ちもわかる。俺には止められないよ」


吉川 「聞いて。エピソードまだあるから。聞いて!」


藤村 「はい。会社潰れて借金で?」


吉川 「よくある話ですけど婚約破棄ですよ。こんな将来性のない男となんて無理だって」


藤村 「即死のやつじゃん! なんでまだ生きてるの?」


吉川 「別に即死はないよ。自殺と即死は全然別のことだから。それも辛かったけど、こんなことになっただなんて親には言えないし」


藤村 「言えないね。俺が親ならそんなの聞いたら息の根止めに行くもん」


吉川 「なんで? 親は寄り添えよ。なんで親が追い打ちしてるんだよ! 愛情なさすぎだろ」


藤村 「可哀想すぎて。生きてて辛いだろうなぁ、と思う親心で」


吉川 「そんな歪んだ親心ある? 親は別にそんなにダメージないんだから」


藤村 「で? で? さらになにが?」


吉川 「すごい促してきたな。他人の悲劇エピソードを。あとはそんなでもないよ。細々とした嫌なこととか重なって」


藤村 「どんな細々? ニキビとかできた?」


吉川 「それは別に後押しにならないだろ。最後の一線を『ニキビまでできるなんてもうお終いだ!』って超えないよ」


藤村 「あ、その服。ダサいってこと? いいことなにもないし、おまけに服もダサい。死のう! って?」


吉川 「大きなお世話だな。別にダサいと思ってないよ。勝手にネガティブな要素にするなよ」


藤村 「あれか? 肩毛? ショルダーバッグいつも同じところで背負ってたら、擦れるところから肩毛が生え始めて絶望したとか?」


吉川 「なにその聞いたことないエピソード。気持ち悪いな。それは死を選ぶ前に剃ればいいだろ」


藤村 「肩毛じゃないのか。だったらまだいけるんじゃない?」


吉川 「そんな絶望的な状況なの? 肩毛は。そんなに気にしなくていいと思うけど」


藤村 「もうワンエピソード欲しいな。軽めのでいいから」


吉川 「他人の不幸コレクターなの? なんか改めてそう言われると言えないけどいっぱいあるんだよ! ろくでもないことが!」


藤村 「そこをどうかひとつ! せっかく死ぬんだから。説得力のあるのを!」


吉川 「せっかくってなんだよ! 人の絶望に対して色々と要求するなよ」


藤村 「何も思いつかない? 何も思いつかないくらい頭が悪いから死ぬしかないってことかな? それでいいかな? こっちで調整しておくけど」


吉川 「俺の死に至る絶望を丁度よく調整してくれるなよ! 別になくたっていいだろ、エピソードなんて! 言葉にできない苦しみだってあるんだよ!」


藤村 「あ、それいいじゃん。言葉にできない苦しみ。説得力あるわ。なるほどね、いいワードでたね。では張り切ってどうぞ!」


吉川 「張り切って死なないんだよ! どうぞじゃないよ、バカ! いいのでたからミッションクリアってことじゃないだろ」


藤村 「もうかなりいい状態だから。みんな同情すると思う。まさに死ぬなら今!」


吉川 「死なねーよ! 死ぬ気なくなったよ!」


藤村 「早まるなよ!」



暗転

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