企業スパイ

吉川 「い、今なんて?」


藤村 「企業スパイなんです。私」


吉川 「それ、言っちゃっていいの?」


藤村 「本当はダメです」


吉川 「だよね? 言わないからこそスパイだもんね」


藤村 「企業スパイなんで、弊社の極秘情報を流したりしてます」


吉川 「ダメだろ。なんで上司である私に打ち明けたの?」


藤村 「ダメはダメでわかってるんですけど。でもこの会社、ぶっちゃけろくな業績を残してないじゃないですか」


吉川 「あんまり大きな声でそういうこと言うんじゃないよ」


藤村 「で、この間通った企画、私の」


吉川 「うん、あれは良かった。本当に。弊社も希望が見えたからね」


藤村 「そうなんですよ。自分主導で通しましたし」


吉川 「もちろん評価してる。プロジェクトマネージャーは君だし、全社を上げてやっていくつもりだから」


藤村 「そうなんですよ。でも私、スパイなんですよ」


吉川 「それ本当なの? スパイがあんな良い企画考える?」


藤村 「考えれちゃったんですよね。なんかひらめいて」


吉川 「競合他社の企業スパイが考えた企画となると、もう根底から覆るよ?」


藤村 「ですよね。それは正直嫌じゃないですか。せっかく認められたのに」


吉川 「言っておくけど、君出世するからね。次の人事で」


藤村 「やっぱり。そうなりますよね」


吉川 「一応我が社のエースという認識になってるからね、みんな。でもスパイなの?」


藤村 「そうなんです。スパイなんです」


吉川 「なんで打ち明けたの?」


藤村 「この企画、スパイ元の企業に流すのすごいもったいないなと思って」


吉川 「もったいない?」


藤村 「だって私の企画ですから。それで潰されたら嫌じゃないですか。私が一番損する」


吉川 「弊社のダメージも大きいけど、君もそうだね」


藤村 「絶対に言いたくないじゃないですか」


吉川 「なんとかならないの? そのスパイをやめるみたいなの」


藤村 「愛社精神があるんで」


吉川 「向こうの会社に? うちには?」


藤村 「弊社には全然ないです」


吉川 「ないんだ。結構頑張って働いてくれてたのに」


藤村 「信頼されるためだっただけで」


吉川 「なんかそう言われるとショックだな」


藤村 「でもこの企画には愛着あるんですよ」


吉川 「それだよ。その気持ちを大切にしていこうよ。ゆくゆくは弊社も」


藤村 「それはないです」


吉川 「否定が早いな。じゃ、どうするつもりなの?」


藤村 「それで困っちゃって。この情報をスパイ元の会社に持っていっても私の手柄じゃなくなるわけですよね。今までの機密情報と同じように扱われるだけで」


吉川 「知らないけどそうなんじゃない? 誰が考えたとかは関係ないだろうから」


藤村 「やってらんなくて。どうにかなる方法ないですかね?」


吉川 「向こうはやめられないんだよね?」


藤村 「やめたくはないです。給料もいいんで」


吉川 「あ、そっか。うちの給料ももらってる上にってこと?」


藤村 「そうです。ここは少ないですけど。ここだけじゃちょっとやってけないですね」


吉川 「それ、ここだけでやってる俺に言わないでくれる? 悲しくなるし」


藤村 「でもこんな社運を賭けた企画の情報を全くもっていかないとなると疑われるじゃないですか」


吉川 「そうだよな。でもうちとしては抜けてもらっては困るんだけど」


藤村 「なので考えたんですけど、吉川さんがメチャクチャ有能な上司ってことですべての情報を統制してるってことにすればいいんじゃないかと」


吉川 「私が?」


藤村 「もちろんそう相手側に言うだけです。吉川さんが無能なのはみんな知ってることですし」


吉川 「え? 知られてるの? そういう形で認識されてるの?」


藤村 「でももうこれしかないんですよ」


吉川 「いや、私が有能な分にはいいんだけどさ。それ私はどうすればいいの?」


藤村 「あ、もうそれはこっちで全部やるんで。吉川さんは無能なままで結構です」


吉川 「無能なままで? あんまり無能なままでいたくないんですけど」


藤村 「何言ってるんですか。得意じゃないですか」


吉川 「得意でやってないよ? 結構頑張ってるつもり。伝わってなかったと思うけど」


藤村 「なんでひょっとしたらスパイ元の企業から吉川さんになんらかのアプローチがあるかもしれません」


吉川 「いや、困るよそんなの。どうすればいいの」


藤村 「無能なままで対応してくれていいです。一応伝えておいただけなんで」


吉川 「強調するな、無能を。そんなにか?」


藤村 「大丈夫です。メチャクチャ有能だって信じ込ませますよ」


吉川 「うん。あの、ものは相談なんだけど、それうちの会社に向けてもやってくれない?」


藤村 「いくらなんでも無理ですよ」


吉川 「いくらなんでも無理なんだ。そこまでなんだ」



暗転

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