力士

藤村 「ごめんな? 俺が力士っぽいばっかりに」


吉川 「気にするなよ。それにお前が力士っぽいのが原因じゃないし」


藤村 「でも相手みんな美容師だったんだろ?」


吉川 「そうみたいだな」


藤村 「俺、大銀杏だもん」


吉川 「髪質は褒めてたよ?」


藤村 「それは割とよく褒められる」


吉川 「だいたい、そんな理由で拒絶するような女だったらこっちから願い下げだよ。お前の良さがわかってない」


藤村 「そうかな」


吉川 「見た目で判断できるもんじゃないよ。どんな時でも力士っぽさを貫き通す芯の強さ、それこそがお前の長所だろ?」


藤村 「やっぱり押し相撲が一番だから」


吉川 「あの女たち軽そうだったからな、そういう人間の本質みたいな部分がわからないんだよ」


藤村 「軽くてもいい力士もいるけどな。小兵の力押しってこともあるし」


吉川 「お、出たね。土俵慣用句。さすが力士っぽい!」


藤村 「よせやい。照れくさくって鬢付け油が香っちゃうぜ」


吉川 「俺はあんまり相撲のことよくわからないけどさ、お前を見てると深い世界なんだなって感じるし」


藤村 「俺はまぁ力士っぽいだけだけどね。所詮は化粧廻しをぶら下げてるだけだよ」


吉川 「なるほどねー。やっぱり実際に見ると迫力あるんだろうなぁ」


藤村 「なにが?」


吉川 「なにがって相撲。お前と話していて繋がってるんだから相撲の話題以外なくない?」


藤村 「いやいや、別に俺は他の廻しを巻くことだってあるよ?」


吉川 「ほら、廻しとか言ってるじゃん。言わないもん他の人は。そんな相撲由来の言葉でコミュニケーションしないから」


藤村 「ドスコイ!?」


吉川 「なにそれ、驚いた時の言葉? そういう使い方するんだっけ?」


藤村 「ごめん。つい癖で」


吉川 「癖なのか。そういうのって癖になるものなの?」


藤村 「いつでも気持ちは土俵の上だから」


吉川 「今場所は何日くらい見に行ったの?」


藤村 「なにが?」


吉川 「だからなにがって相撲だよ! 今場所っていってるのに。なんで急に話題が行方不明になるの?」


藤村 「あ、相撲? いや、見に行ってはないよ?」


吉川 「あ、見に行ってないの? 忙しかったのか」


藤村 「いや、見に行ったことないけど」


吉川 「そうなの? なんで? 現場では見ないってこと? 中継派?」


藤村 「相撲は別に興味ないから」


吉川 「ないの!? どういうこと? 意味がまったくわからなくなってきたんだけど」


藤村 「俺もなんでそんなに狼狽してるのか意味わからない」


吉川 「相撲が好きだから力士っぽい格好してるんじゃないの?」


藤村 「いや? これは元々」


吉川 「元々力士っぽいってなんだよ! 人は元々力士っぽくはないんだよ! 寄せないとならない不自然な存在が力士なんだよ」


藤村 「ドスコイ!?」


吉川 「また言ってる! そんなこと言うの相撲好きしかいないだろ! いや、相撲好きでもそんなこと言わないだろうけど」


藤村 「これはお前がそういうキャラを喜ぶから言ってるだけで。正直相撲のことよくわからないから全部適当だし」


吉川 「相撲にちなんだ慣用句じゃなかったの? 俺のために寄せてくれてたの?」


藤村 「髪も大変だけど、これがないと力士っぽくないし」


吉川 「犠牲大きすぎない? 俺のためって言うならもうやめてよ」


藤村 「え? そんなこと言われても。力士っぽいのやめたらもう俺なんか何っぽくもなくなって消滅してしまう」


吉川 「いや、消滅はしないよ。別に何っぽくもない人なんてざらにいるし」


藤村 「土俵から降りてもいいってこと?」


吉川 「俺のせいで無理やり土俵に上がらせてたなら申し訳無さしかない」


藤村 「ごめん。俺の独り相撲で迷惑かけちゃって」


吉川 「こっちこそごめんだよ。まさか俺が原因と思ってなかったから。ちなみに独り相撲の使い方は合ってると思う。最後になって歯車が噛み合ってきたな」


藤村 「わかった。これを機に廻しを脱ぐよ」


吉川 「そんな言い方はしない」



暗転

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