エイプリルフール

藤村 「でもほら、エイプリルフールだから」


吉川 「だからなに!?」


藤村 「嘘ってことで」


吉川 「いや、エイプリルフールなのはわかってるよ。でもこれ、骨折してるだろ?」


藤村 「なんか変な方向いってるね」


吉川 「変な方向いってるんだよ。これは骨折だよ?」


藤村 「エイプリル骨折?」


吉川 「別に骨折する習慣なんてないよ。骨折させたらダメじゃない? いくらエイプリルフールとはいえ。痛みはリアルなんだよ!」


藤村 「え、待って? ひょっとしてエイプリルフールってことで怒ったふりしてる?」


吉川 「違うよ! 骨折してるのに怒ったふりですむわけないだろ!」


藤村 「……というふりもしてるってわけ? エイプリルフールだけに」


吉川 「あのさ。自分のやったことわかってる?」


藤村 「エイプリルフールしました」


吉川 「関節極めて骨を折るのエイプリルフールって言わないだろ! フェイバリットホールドみたいに名付けるなよ」


藤村 「でも本当には折らないと思ったでしょ? 残念、エイプリルフールでした!」


吉川 「残念だよ! 本当にそれは! そういうことじゃなくない?」


藤村 「あ、それも本当は怒ってないんじゃ?」


吉川 「怒ってるよ! 本当の怒りだよこれは! 明日になっても持続する魂が叫んでる怒りだよ!」


藤村 「もうどれが本当だかわからなくて」


吉川 「わかるでしょ、それはさすがに。骨を折って怒ったふりされてるなってどうして思えるの? どんなメンタル?」


藤村 「ちょっとわかんないです」


吉川 「いいよもう。救急車呼んでよ」


藤村 「呼ばないってこと?」


吉川 「もう違うんだよ。嘘は言わないから。救急車を呼ぼう」


藤村 「でも救急車の方も『ははぁ~ん、骨折したって言ってるけど、これは嘘だな』って思うかもしれないし」


吉川 「思わないよ! そんな嘘つくやつはいないから! それはなんか業務を邪魔する罪みたいな、なんかダメなやつだろ。捕まるやつ!」


藤村 「ただせっかくエイプリルフールに救急に電話するんだから、住所くらいは嘘ついてもいいかな?」


吉川 「ダメに決まってるだろ! なんだよ、住所くらいって。大事な部分だろ。どの部分も一切嘘をついちゃダメなんだよ」


藤村 「全然エイプリルフールを活かせてないじゃん」


吉川 「お前はもう活かさなくていいんだよ。十分すぎるほどやっただろ?」


藤村 「いや、思った感じのリアクションじゃなかったから。もっと『アチャー、騙された~!』みたいなの欲しかったのに」


吉川 「骨を折られてそんな悠長なリアクションできる?」


藤村 「それは何? できないの反対のできるってこと? どこまで嘘?」


吉川 「どこまでも嘘じゃないよ! 俺は今日、一度も嘘をついてないよ! 真実のみを訴えてるんだよ」


藤村 「あー、なるほど。それって論理的には全部嘘のことを言ってる人も同じこと言うよね?」


吉川 「お前、この折られた骨を見て、まだ嘘かな、本当かな、って余裕があるの?」


藤村 「俺は全然痛くないんで」


吉川 「そりゃそうだろ。俺は痛いもん。お前もせめて心を痛めろよ」


藤村 「わかりました。本当は全然心は痛くないんですけど、今日はエイプリルフールなんで」


吉川 「嘘で心痛いふりをしろって言ってるんじゃないんだよ! なんにもならないよ、それは。報われなさがすごい」


藤村 「正直、本当に骨が折れてるのかなって気持ちもありますよ? もともと変な方向にいっちゃってるタイプで騙そうとしてるのかなって」


吉川 「もともと変な方向にいっちゃってるタイプってなに? 俺の以前を知ってるだろ」


藤村 「今日のエイプリルフールのために色々仕組んできたのかもしれないし」


吉川 「骨を? 骨折をエイプリルフールのちょっとしたリクリエーションのために?」


藤村 「ひょっとして、本当に困ってます?」


吉川 「いま始めて気づいた? ずっと半笑いで言ってると思ってたの? 骨折はリアルだから。痛いから。こんなひどい思いを受けるとは思わなかったよ」


藤村 「でも大丈夫です。たとえ骨折してても人生いいことありますよ」


吉川 「優しい嘘すら下手すぎる!」



暗転

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