秘密結社

吉川 「すみません。今日でこの悪の秘密結社を辞めさせてもらいます」


藤村 「そっか。決めたのなら仕方がないな。止めはしない。ただこれだけは言っておく」


吉川 「はい」


藤村 「俺の方が先に辞めさせてもらう!」


吉川 「え……」


藤村 「お前が辞めるギリギリちょっと前に俺はもう辞めてる」


吉川 「いや、別にいいですけど」


藤村 「いいのか? 今やこの悪の秘密結社はお前と俺との二人だけだ。つまり俺が先に辞めるとなると、この悪の秘密結社はお前のものになる。悪の秘密結社=吉川ということになるんだよ。お前こそがこの悪の秘密結社だ!」


吉川 「何言ってるんですか? 俺も辞めますよ?」


藤村 「それは無理だろ。だって悪の秘密結社はお前なんだから。悪の秘密結社を辞めるということはお前自身を辞めるということだ」


吉川 「いや、悪の秘密結社が消滅すればいいんじゃないですか?」


藤村 「それはつまりお前の消滅を意味する」


吉川 「意味しないでしょ。何を無茶苦茶なこと言ってるんですか」


藤村 「お前の一挙手一投足が悪の秘密結社の歴史となりこれからも続いていくんだよ」


吉川 「悪の秘密結社関係ないでしょ。ボクはボクなんだから」


藤村 「そもそも吉川とは何だ? それはお前の存在に宿った概念に過ぎない。陰陽師でも名前は呪だって言ってただろ? ちょうどお前の概念と悪の秘密結社の概念ががっちりハマった形になるんだ。そう、まるでジップロックコンテナのように!」


吉川 「ジップロックコンテナはそんなにがっちりハマったイメージないでしょ。むしろスタックさせても割と自在に取り外しできるハマり方だよ」


藤村 「もう悪の秘密結社と同一の概念となったお前は切り離すことができない。そう、ランチパックのように表裏一体となったのだ」


吉川 「ランチパックに表も裏もなくない? どっちでもいいしランチパックを語るなら中身で語ってくださいよ」


藤村 「よっ! 悪の秘密結社さん。今日も頑張ってください」


吉川 「もうやりたくないんですよ。悪の秘密結社を。だいたいさしたる活動もしてないし」


藤村 「それはほら、これからはお前が主導だから。やりたいことはなんでもやっていけばいいんだよ」


吉川 「銀行強盗とかですか?」


藤村 「え。そんなことしたら捕まっちゃうでしょ」


吉川 「ほらー、そうやって何もしてないんじゃないですか」


藤村 「だってマズいでしょ。だいたい捕まるよ、そういうの」


吉川 「じゃあなんで悪の秘密結社なんですか? 悪らしいこと何もしてないじゃないですか」


藤村 「二酸化炭素とか出してるもん」


吉川 「ごく普通の生命活動でしょ、それは」


藤村 「悪ってのはさ、そういうもんじゃないんだよ。行動じゃなくて存在が悪なの。俺なんてしょっちゅう警察から職務質問されるよ? 目が合うと絶対されるから」


吉川 「だからなんなんですか」


藤村 「それこそが悪だろ?」


吉川 「それはただ不審だからじゃないですか? 職務質問される人が全員悪人じゃないでしょ」


藤村 「プロが『あいつ悪っぽいな』って判定してるんだぞ? これ以上の悪ってあるか?」


吉川 「活動は!? 具体的な!」


藤村 「ウーバーイーツ頼んだ時、どんなに丁寧でもバッド評価つける」


吉川 「悪っ! 悪いけどスケールが小さすぎるな。ただの嫌な奴じゃないですか」


藤村 「嫌な奴の延長線上に悪があるから」


吉川 「そんな出世魚みたいなシステムなの?」


藤村 「悪ってのはさ、なりふり構わないものだから」


吉川 「そもそも別に悪じゃなくてもいいんじゃないですか?」


藤村 「……え? いいの?」


吉川 「いいのって。いいじゃないですか、別に」


藤村 「だって秘密結社って悪しかなくない? 夢と魔法の秘密結社とか聞いたことないもん」


吉川 「そんな理由で悪だったんですか? 別に悪にこだわり無く」


藤村 「いいの? 善いことしても?」


吉川 「虐待されて育った子みたいだな。いいんですよ。これからは善の秘密結社でいきましょう」


藤村 「よぉし! 早速ウーバーイーツに好評価つけるぞ!」


吉川 「スケールは小さいまま」



暗転

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