老舗
藤村 「お前は何もわかってない! ただ流行に流されてるだけなんだよ。いいか? 老舗の暖簾というのはな、どれだけ歴史の重みを今に伝えられるかにかかってるんだよ。それを意識したか!?」
吉川 「いえ、たしかにそうかも知れませんけど」
藤村 「先人たちが築き上げた文化っていうのは、決して楽して手に入れたものじゃないんだよ! 時には血や涙が流れたことだってある。それを考えてお前はこれを作ったのかと聞いてるんだ!」
吉川 「……至りませんでした」
藤村 「先走る気持ちもわかる。お前はまだ若いし、認められたいという気持ちも強いだろう。それは悪いことじゃない。だからと言ってその情熱はきちんとした土台の上で燃やさなければ意味がないんだ。今まで育んできた伝統を活かすというのは別に時代遅れということではない」
吉川 「ですが」
藤村 「特にうちの店は老舗としての立場がある。それなりの責任もあるし、お客様もそれを求めてきている。挑戦をするのは悪くない。だけど何をしていいというわけでもないんだ」
吉川 「あの、でも……」
藤村 「でもじゃないんだよ。わかってるのか? 何だお前のこの新作は!?」
吉川 「あの、小豆を使った。小倉トースト風の」
藤村 「ふざけんな! うちは伝統ある老舗のフルーツサンドの店だぞ? こりゃ、あんこじゃないか!」
吉川 「伝統という意味では、こっちの方が伝統っぽいかなって」
藤村 「っぽいとかの問題じゃないんだよ! フルーツサンドってのはいかに軽薄に若者に訴求するか、それのみを求めて育った食文化なんだよ! お前はその伝統を穢したんだ」
吉川 「でも若い子にも意外と新鮮って意見ももらいましたし」
藤村 「そんなわけあるか! お前のいう若い子っていくつだよ!」
吉川 「10代の学生とか。だいたい上は22歳くらいまでで」
藤村 「子供だろ、それは! うちの店のターゲットの若い子は35歳以上なんだよ! 35から55までが若い子。その上が大人」
吉川 「それはもう中年じゃ……」
藤村 「老舗を背負うってことはそういうことなんだよ!」
吉川 「いや? え? そうなんですか?」
藤村 「30代40代が目指す若者っぽさってのはな、実際の10代が好きなものなんかじゃないんだよ! そんなものはわけがわからないんだよ! 自分たちに理解できる程度に枯れたものじゃないと咀嚼できないんだよ。むしろ頭も硬直化してるから前に見たものとかじゃないと受け入れられないんだよ!」
吉川 「でもそれじゃバズったりとか」
藤村 「いいんだよ、バズらなくて。お前の言うバズはインスタやtiktokだろ? おしゃれなお店の雰囲気が好意的にバズるんだろ? うちらのターゲット層はツイッターとはてブだから。バズる=炎上なんだよ。悪意が押し寄せることをバズっていうんだ。ろくなことがないんだよ!」
吉川 「そんなことないんじゃないですか?」
藤村 「あるんだよ。ロスジェネはみんな生き残るのに必死だったんだ。地獄で魂を腐らせたやつしか生き残れなかったんだよ。まともなやつはみんな死んだ!」
吉川 「そんな層をターゲットにする方が悪いんじゃ?」
藤村 「良いか悪いかの判断ができるやつが老舗にいると思うか?」
吉川 「最悪の開き直り方!」
藤村 「老舗ってのはな、純粋に変化を恐れて思考停止してこそ成り立つもんなんだ」
吉川 「他の老舗のお店すべてに謝ったほうが良いですよ、その考え」
藤村 「もうすでに流行りが廃れて誰も見向きもしなくなっても、辞めるという判断ができず引くに引けなくなった結果として老舗になるもんなんだから」
吉川 「違いますよ。そんなどうしようもないお店はここしかない」
藤村 「そう。やがてそれが唯一無二になるんだ」
吉川 「すごいポジティブな感じに言い換えたな。誰も真似したくないだけなのに」
藤村 「お前にはそんな老舗のやり方をきちんと理解してもらうために、先日オープンした老舗のからあげ専門店に出向してもらう」
吉川 「しっかりと半周遅れてるな」
暗転
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます