花見

藤村 「去年も一昨年も中止だったし、こうしてみんなで花見をできるというのは格別ですねー」


吉川 「うん、藤村くん? まぁ、集まれたのはいいことだと思う。ただこれは花見ではないよね?」


藤村 「これは異なことを。見てください。これ、桜ですよ?」


吉川 「いや、桜って。一輪? この一輪の桜のみで花見って相当きつくないかい?」


藤村 「二年前はここも桜の名所だったんですけどね。全部切り倒されちゃって。事業計画とかそういうので。全部政治が悪いんですよ」


吉川 「全部政治のせいにしないでも他の場所無かった?」


藤村 「他の場所はなんか人が多いんですよね。嫌じゃないですか、知らない人がいっぱいいるの。しかも酔っぱらい。不衛生な」


吉川 「花見だからね。みんなでするもんだから人はいるでしょ。そこがいいんだよ。不衛生な酔っぱらいに絡まれてゴミを撒き散らして。それが花見の醍醐味ってやつだろ。逆にまったく人のいない私有地かここみたいに桜が微塵もないところでやるのは花見なんかじゃないよ」


藤村 「落ち着いたとは言えまだまだ感染症対策も必要ですし。桜は持ってきましたから」


吉川 「一輪だけ。この桜の気持ちにもなってみてよ。通常花見で想像される満開の桜をレペゼンしてたった一人で来た桜。針のむしろだよ?」


藤村 「みんなでじっと見ましょうよ。花見なんだから」


吉川 「花見で花を集中して見ることなんてないんだよ! 自分でも言ってることおかしいとは思うけど。花見ってのは集中して見なくても目に入ってきちゃうくらい大量の桜にまみれて浮かれる催しなんだから。本気で花を見に花見をするやつなんていないんだよ。花を見たいなら花見になんて来るなよ! みんなで一輪の桜をじっと見つめるの、なにかのカルト集会みたいじゃないか」


藤村 「そういう批判は想定内です。ですからこれも、ドン!」


吉川 「ドンって掛け声の割にはもう一輪出しただけ!」


藤村 「こっち桃です」


吉川 「多様性じゃないんだよ。花見であんまり多様性を求めないもん。むしろ単一の桜ばっかりを見るという排他的な行事なんだよ。レイシストが自己肯定できる数少ない機会なんだよ。いろいろな花があって楽しいねって思いで見てる人いないんだから」


藤村 「さらにドン!」


吉川 「これはなに?」


藤村 「梅!」


吉川 「こうやって一輪ずつ出されるとしみじみしちゃうじゃん。侘び寂びを感じてしまう。そうじゃないんだよ。花見ってのはもっとこう、教養あふれる知的な行事じゃなくてさ。知性ゼロで狂気をむき出しにする野蛮人のやるもんなんだよ!」


藤村 「そんなろくでもないことしたいですか?」


吉川 「したいんだよ! 現代社会のストレスを発散するために、なんでもいいから口実を作って欲望を発散したいんだから。酒で理性と判断力を低下させてゴミみたいな人間になりたいだけなの!」


藤村 「一応盛り上がるように黒ひげ危機一髪も用意したんですが」


吉川 「こんなちんまりとしたおもちゃで何を開放できるんだよ! もっと本能に忠実に暴力をふるいたいんだよ! 実際の剣で人間を刺殺したいくらいだ! 花見に来る人間てのはそのくらいのギラついた異常性を抱えて来てるんだよ!」


藤村 「そんなの犯罪じゃないですか」


吉川 「その犯罪を無礼講というマジカルワードでうやむやにできるパラレルワールドこそが花見なんだよ! そこではすべての狂気が許される地獄のションベン横丁じゃないといけないんだよ! その覚悟がないやつは花見なんて来るんじゃないよ!」


藤村 「すみません。常識がなくて」


吉川 「まったくだよ。一回病院行って診てもらった方がいいぞ?」



暗転

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