吉川 「まだ咲き始めかな。満開じゃないみたいだね」


良子 「でもよかったよ。満開ってピークだから。あとは落ちるしかないし」


吉川 「まぁそうだけど。割とネガティブな気持ちで桜を見てるな」


良子 「だってほら、見て見て。あのおじさんなんて確実に人生のピーク過ぎて落ちてくだけ。あんなの見ても楽しくないでしょ」


吉川 「指差すのやめなよ。せっかく花見をしに来てるのにおじさんの人生にたとえないでよ」


良子 「もうあの人、今後生きててもいいことなんて何もないんだろうなぁ」


吉川 「あるだろ! ちょっとくらいは。勝手に決めつけるの良くないよ。おじさんじゃなくて桜を見よう」


良子 「今日ね、お弁当作ってきたの」


吉川 「本当に? すごい」


良子 「ジャーン!」


吉川 「わぁ、すごい。桜色。なにこれー。めちゃくちゃキレイじゃん」


良子 「映えるでしょ? 桜でんぶごはん」


吉川 「桜でんぶごはん。これ全部桜でんぶなんだ?」


良子 「そう。炊いた米にのせただけ」


吉川 「この量を。これなんか味付けとかは?」


良子 「ない。桜でんぶの素材の旨味のみ。愚直なまでに桜でんぶ」


吉川 「あぁ、これ全部が。桜でんぶのみ」


良子 「のみ」


吉川 「一口いいかな」


良子 「食べて食べてー」


吉川 「あぁ、思った通りの味。この味が、ずっと? この量?」


良子 「6人分」


吉川 「なんで6人分も? 誰か来るの?」


良子 「食べ盛りかと思って」


吉川 「食べ盛ってないよ。もう結構胃腸が無理効かないお年頃なのに。でも気持ちは嬉しい。なんか箸休めとかないの? お漬物とか。それか味変的な七味とかさ」


良子 「味変あるある!」


吉川 「あるんだ。助かった!」


良子 「こっち方、最初に詰めた方なんだけど。ちょっと酸っぱい感じになってるから」


吉川 「あ、こっちは酢飯なの?」


良子 「ううん? 桜でんぶって意外と賞味期限が短いから」


吉川 「腐ってるんだ。それはもうダメだよ。味変ってそういうことじゃないから。身体に変調をきたしてしまうから」


良子 「早く食べないと徐々に全体的に酸っぱみが」


吉川 「時限爆弾みたいな弁当つくってこないでよ。それもこの量を」


良子 「デザートもあるの。これ桜でんぶのおはぎ」


吉川 「一緒! 米の食感が違うだけで全部一緒」


良子 「桜でんぶが余っちゃってて」


吉川 「処理を優先した? 愛情的なものより」


良子 「でもこれ作るのも大変だったんだ。なかなか釣れなくて」


吉川 「魚を釣るところから? 手作り!? 桜でんぶを手作ったの?」


良子 「全然桜でんぶが泳いでないし」


吉川 「桜でんぶの状態では泳いでないよ? あれは魚を加工して結果的にああなるものだから。なんかの稚魚の集合体が桜でんぶじゃないよ?」


良子 「でも良く見てよ。この桜でんぶのおはぎ。映えるじゃない?」


吉川 「確かに映えるけど、映えるところがピークの食べ物って本質を見失ってない?」


良子 「そんなこと言ったら桜だってそうじゃない! 花なんておしべとめしべでいやらしいことしようとしてるだけでしょ! 本質はエロじゃない! 花見に集まってる人たち、全員エロ目的じゃない!」


吉川 「そんな極端な見方をしないでよ。確かに集まりをエロ目的でやってる人はいるかもしれないけど、桜自体をエロい目で見てる人なんていないから」


良子 「だったらみんなわざわざ集まって何してるの? 昼と夜の温度差が激しくて絶対風邪ひきそうな季節なのに!」


吉川 「見るの楽しいんだよ。桜を。それだけでいいじゃない?」


良子 「いい大人が桜を見るだけで楽しいわけないじゃない! きっとなにか良からぬことを企ててるに違いないわ。ほら、ピークを過ぎたおじさんたちがあんなに集まって。ろくなこと話してないよ」


吉川 「だから指差すなって! ピーク過ぎたなりにささやかな季節の楽しみを味わうくらいいいじゃないか」


良子 「きっと会社でも疎まれてる連中が不正をしようと目論んでるのよ! だって花なんてちっとも見てないもの! 花なんかよりも悪いことを!」


吉川 「談合?」



暗転

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る