丁寧

吉川 「な、なんだこの空間は!?」


藤村 「気づいたかな? 今からキミはこの部屋で過ごすことになる」


吉川 「ふざけんな! 出しやがれ!」


藤村 「無駄だ。中からは決して開かない。そしてこの部屋にはルールが存在する。それを破った時どうなるか、もはや言うまでもあるまい」


吉川 「なんて卑劣な。どうせ出来もしないことを言ってこの俺を亡き者にする気だろ!」


藤村 「できるかどうかはキミ次第だ。キミにはこの部屋の中で丁寧な暮らしをしてもらう」


吉川 「……どういうことだ?」


藤村 「わからんかね? 丁寧な暮らしだ。あの、人間の生理に反した、自尊心を満たし他人を見下すためだけにする行為。そんな生活をキミには営んでもらう」


吉川 「そのくらいならできると思うけど?」


藤村 「ふふふ。威勢のいいことだ。しかしその勢いがどこまで続くことやら。まずは掃除だ。これを毎朝してもらう。毎日だ。昨日したから別に汚れていないだろなんていう常識はここでは一切通用しない」


吉川 「するが?」


藤村 「汚れてないのにだよ? 意味がないのに! まったく生産性のないバカのすることだよ」


吉川 「汚れてるからじゃなくて汚れないようにするのが掃除だから」


藤村 「よくわからない論理! しかもアレだぞ? 掃除機を使わずにほうきと雑巾でやるんだ。たった数円の電気代を気にして! 自分が働く労働コストを考えたら絶対に損なのに!」


吉川 「お金のことじゃないよ。地球環境のことを考えて節電しなきゃ」


藤村 「節電! たかが人間一人がちょっと掃除機使わないくらいで環境に影響与えてると考える傲慢さ。やってる感だけでなんの効力もないのに!」


吉川 「でもそうやって一人一人が意識を高めていかなくちゃ」


藤村 「出た出た! 意識を高める。なんだよ、意識を高めるって! 意識ってのはあるかないかで語るものだろ! 低いとか高いとかないんだよ!」


吉川 「まぁまぁ。落ち着こう。ゆっくり深呼吸して。軽く身体をほぐすのもいいかもしれない。ヨガなんかどうだろう」


藤村 「ヨガ! 丁寧な暮らしするやつ絶対ヨガやる! その割には火の一つも吐けないくせに」


吉川 「ヨガはそういうものじゃないから。自分自身の身体と向き合って地球の重力を感じる。この星に生きているということを実感して感謝する。そうしている内に心が豊かになっていくんだよ」


藤村 「なるかいっ! 伸びたり縮んだりしてるだけで何を向き合ってるんだ」


吉川 「ヨガを勘違いしてるみたいだな。だったら瞑想がいいよ」


藤村 「瞑想! お前の人生が迷走だろうが! あのキング・オブ・何もやってないくせになにかした気になってるやつ! 何にもしてないんだよ! 何一つ! 無駄の極致!」


吉川 「生きるとういことの中で何もしないというのはちゃんと意識してやらないとできないことだから。そこに意義はあるんだよ」


藤村 「ねーわ! それなら、ただボーッとしてるおっさんが意義ありまくりだろ。電池切れ欠けてるお爺が何を得てるんだよ? そんなのそこら中にいるだろ。ほぼ死体だよ、それは。そんなのは死んでからやれ!」


吉川 「一つ一つの行動、例えば歩くことでさえも意識をすることによって味わい深い時間となるんだよ。限られた人生の時間の中で無為に過ごしてしまうことよりも、ずっと豊かな人生になると思う」


藤村 「まさかこんな丁寧なやつが来るとは思わなかった! もういい! 死ね! 部屋に毒ガスを噴出してやる」


吉川 「あー、化学ガスは身体に悪いから、オーガニックな生物毒でお願いできる?」


藤村 「丁寧な死!」



暗転

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