絶対○感

藤村 「絶対音感があるってどんな感じ?」


吉川 「どんな感じって言われても、普段がこうだからあんまり意識しないんだよなぁ」


藤村 「例えばこうやって何か叩いて音を出してもわかるんでしょ?」


吉川 「レだね、それは」


藤村 「レなんだ」


吉川 「平均律に当てはめるとね。ただなんとなくそうだなーって頭の片隅にあるだけで、いちいちすべての音をドレミだって思ってないもん」


藤村 「そんなもんなんだ?」


吉川 「例えば普通に空を見てさ、あれは青だとか、あそこは灰色だってのはわかるじゃん? でもわかってるだけで意識には上がってこないでしょ? 何色って聞かれたら青だよって答えるけど」


藤村 「そんな感じなんだ? じゃあ俺の絶対花粉感と似たようなものかな」


吉川 「なに、絶対花粉感って?」


藤村 「花粉があるとすぐにわかるんだよ。これはスギだな、とかこれはブタクサだなとか」


吉川 「それはただの花粉症じゃないの?」


藤村 「だったらお前の絶対音感だってただの音症だろうが!」


吉川 「えらい高速でキレるな。音症ってのはないだろ。病気みたいに言うなよ」


藤村 「自分の能力に対してはこれみよがしに言うくせに、人の優れた能力に対しては病気扱い。性格悪~」


吉川 「別に絶対音感だって喧伝してるわけじゃないから。我こそは絶対音感の持ち主なり! なんて言ったことないから」


藤村 「なんていうかナチュラルに人を見下してる部分があるんだよなぁ。お前と話してると疲れるもん。絶対疲労感がある」


吉川 「ただの疲労感だろ? 絶対疲労感じゃないよ。そんな地獄みたいな疲労感ないよ」


藤村 「これは絶対疲労感だわ。疲労の種類が瞬時にわかる。お前と話してると小脳が疲れる」


吉川 「凄腕整体師でもそんな技術持ってないよ。ただの疲労感、それは」


藤村 「決めつけるなよ、本人でもないくせに。なんですぐにそうやって自分の思い込みで決めつけるの? 絶対音感だってそうなんじゃないの?」


吉川 「いや、絶対音感は客観的な音の高さだから。個人の思い込みじゃなくて。疲労感こそ個人のでしょ? 同じステージの感覚じゃないんだよ」


藤村 「絶対音感だって本当にあるのかどうかも怪しいんだよな。そういうのピンとくる質だから。絶対不信感を持ってるから」


吉川 「単なる不信感だろ。絶対不信感なんてあったら生きづらくてしょうがないだろ。なにも寄る辺がない」


藤村 「人って嘘ばかりつくから。人間を信じるとろくなことがない。絶対不信感こそこの情報化社会を生き抜くために必要な能力だよ。ネットで真実に目覚めたから」


吉川 「ネットで真実に目覚めるのは一番ダメだろ。そこが一番不信な場所なんだから」


藤村 「そうやって真実に目覚めた人に対して絶対嫌悪感をもつ人たちが叩いてくるんだよ。私たちは屈しない!」


吉川 「すごい可哀想な感じになっちゃってるけどもう救いようがないな。それはもう俺のせいじゃないし」


藤村 「そうやって他人を叩いて悦に入ることこそ、病んだ社会が生んだ悲劇なんだよ。もっと自分自身をさらけだせよ! 絶対開放感!」


吉川 「脱ぐな脱ぐな」


藤村 「絶対爽快感!」


吉川 「脱ぐな脱ぐな! 最後まで脱ぐな!」


藤村 「見よ、この感覚! これこそが絶対多幸感だ! どうだ? 今ならこの絶対多幸感が味わえる最高の薬をわけてあげてもいいぞ?」


吉川 「ダメ! ゼッタイ!」



暗転

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