泥酔

藤村 「昨日はすみませんでした」


吉川 「あ、藤村さん。こちらこそ。今ちょうど謝罪しに行こうと思っていたんですよ」


藤村 「いやいや、悪いのは私の方ですから」


吉川 「それなんですがね、私の方もあんまり記憶がなくてですね。やっぱりちょっとお互いに飲みすぎていたというか。どうも結構ひどいことを言ってしまったようで」


藤村 「そんなそんな。私の方こそ本当に申し訳ないことをしました」


吉川 「そうなんですか? 申し訳ないけれどそれ自体ちょっと記憶がなくてですね。何をされたかっていうのも覚えてない始末で。まったくお恥ずかしい」


藤村 「そうでしたか。ということは私の方は謝らなくていいってことになりますね?」


吉川 「え。いや、まぁ、そうともいえますけど。こういうのはお互い様ということですから」


藤村 「いいえ。私の方は何をされたかきっちり覚えてますけど、あなたは覚えてないんですよね? ということは、何もされてないのと同じことですよね?」


吉川 「そうではないんじゃないかな? お互い様だから」


藤村 「いや? お互いではないです。今私達が受け止めてる嫌な気持ちに関していえば、あなたはゼロでしょ? 私の方は結構あるわけですよ。これをお互いっていうのは無理があるんじゃないですかね?」


吉川 「そういうことかな? やったのはやったんですよね?」


藤村 「はい。やったのは覚えてます」


吉川 「だったらお互い様じゃないですか?」


藤村 「でもやられた記憶がないなら、どうとでもなるわけでしょ? 実は昨日私があなたに100億円あげてたんですよ。と言っても成立するわけだ」


吉川 「それは貰ってないですね。何も手元になかったし」


藤村 「今のはほんの一例ですよ。だから残らないような。例えばめちゃくちゃ気持ちいいマッサージをしてあげてたとしたら? すみません、昨日はめちゃくちゃ気持ちよくしちゃって」


吉川 「確かに覚えてないですけど。最初にお互いに謝りあった感じじゃ、そういうのじゃなかったじゃないですか? それなりに罪悪感のあるようなことをしたわけでしょ?」


藤村 「してませんけど?」


吉川 「なにそれ。シレッと。よくそんな厳格な表情で嘘をつけるな」


藤村 「いいことしかしてません。お酒が入るとついつい親切なことをしてしまう善行上戸なので」


吉川 「そんな上戸いないだろ。私のやったことは覚えてるわけだよね?」


藤村 「完全に覚えてます。本当に傷つきました」


吉川 「そういう風に言われるとさ! 恐らく私が悪いのは事実なんだろうけど、なんか今までの流れからしてそれも大げさなんじゃないかなって思っちゃうよ?」


藤村 「あんなことをしでかしておいて、大げさだと言うんですか? ひどすぎます!」


吉川 「何をやったんだよ? 具体的に教えてよ」


藤村 「あのことを! あのことをまた私の口から語れというのですか? そんなの二次被害じゃないですか」


吉川 「そこまでのことを? 口に出すのも嫌なほど? 本当なんですか?」


藤村 「やめてください。訴えますよ?」


吉川 「もう最初と全然ノリが違う。一方的すぎる。私ももちろん反省はしてるんですよ。でも流石に」


藤村 「あなたのやったことは一歩間違えたら世界が破滅するようなことだったんですよ? 私がすんでのところで食い止めたからよかったものの」


吉川 「そんなだいそれたことが泥酔した人にできるの? 盛り過ぎじゃない?」


藤村 「まったく、よく顔を出せたもんだな」


吉川 「すみません。私も本当にやりすぎたと思ってるんです。記憶もないし。動画を見て本当に反省して」


藤村 「え? 動画あるの?」


吉川 「はい。撮られてたみたいで」


藤村 「あー。えっと。まぁお互い様ですから水に流しましょう」


吉川 「おい」



暗転


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