手術
吉川 「どうか! 無事に終わってくれ……」
藤村 「あの、あなたのご家族も手術ですか?」
吉川 「はい。あなたも?」
藤村 「そうなんです。息子なんですが」
吉川 「あぁ、息子さんが。それは心配でしょう。私も妻が手術で。どうも難しいらしくて、祈るしかありません」
藤村 「こんな時に家族ってなんにもできませんからね。特に息子は今回の手術方法が初めてらしくて」
吉川 「まぁ、手術ってそんなにやるものじゃないですからね」
藤村 「こんな心配なことはありませんよ。昨日も徹夜で手術のことを調べてたみたいですが、おかげで一睡もできなかったらしく家を出る時はもう今にも眠りそうでしたよ」
吉川 「入院はしてなかったんですか?」
藤村 「なんでですか? 健康なのに」
吉川 「健康なの? どういうこと? 今手術してるのは?」
藤村 「はい、私の息子です。外科医の藤村」
吉川 「あー、藤村先生の! ちょっと待って。寝不足なの!?」
藤村 「もう大あくびで。こんな大事な時にしょうのないやつですよ」
吉川 「万全で来てよ! うちの妻の手術なんだから!」
藤村 「そうですよね。心配だなぁ。あいつ昔からおっちょこちょいなところあるから」
吉川 「おっちょこちょいなところあるの!? 執刀医の藤村先生が?」
藤村 「はい。今となっては笑い話なんですが、幼稚園に妹を迎えに行って間違えて違う家の子を連れて帰ってきちゃったりしてね。あの時は参ったな」
吉川 「笑えないです。全然。そんなエピソード聞きたくなかった」
藤村 「あと飽きっぽいところがあって。どうも長時間集中が続かないらしいんですよね」
吉川 「続かないの? 医者になってからは違うでしょ?」
藤村 「いや、どうでしょう? 最近でも30分のアニメも途中で飽きて他のことし始めたりするくらいで」
吉川 「ちゃんとやってよ! いや、あなたに言っても仕方ないけど」
藤村 「本当に、あんな手先の不器用な子がよく医者になれたなーなんて」
吉川 「なるなよ! 手先が不器用なら! 他に向いてる仕事あるだろ。なんで医者になっちゃったんだよ」
藤村 「それも不思議なんですよね。あんな勉強もできなかったやつが。昨日も肝臓の肝の字ってどう書くんだっけとか尋ねてきて」
吉川 「すごいバカじゃん。肝は臓器に使う漢字の中では一番シンプルなやつでしょ。それ書けないの? なんで医師になれたの?」
藤村 「割と要領の良いところあるみたいで。ありがたいことに方々に手を回してもらったみたいです」
吉川 「ありがたくないよ! 不正だよ、それは! 絶対に許しちゃいけない!」
藤村 「でも医者になって考えが変わったのかな。少しは立派になったみたいで。なんでも失敗を恐れずに挑戦すれば経験になるなんて言ってました」
吉川 「恐ろよ! 失敗を! 絶対に失敗しないで欲しいんだよ」
藤村 「失敗は成功の母という言葉もありますし」
吉川 「失敗された方は母として敬えないんだよ。終わってるんだから。ワンミスでゲームオーバーなんだから」
藤村 「でもあいつにもいいところがありましてね。嫌なことがあっても引きずらずにすぐに気持ちを切り替えられるんですよ」
吉川 「嬉しくないけどな。失敗したけど気持ち切り替えました、っていう医者」
藤村 「とにかく、私も手術の成功を願ってるんです。ダメならダメでしゃーないけど、成功した方がいいですから」
吉川 「軽い! こっちはしゃーないで飲み込めない重厚さなんだよ。もっと全身全霊で祈ってくれ」
藤村 「わかりました。手術が終わったらなんて声をかけてやろうか考えます。やっぱりドンマイかな」
吉川 「なんで失敗前提なの!」
暗転
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