刑事の罠

吉川 「そして犯人は鈍器で被害者の頭を殴った。しかしこれがわからないんですよ。あの男はどうしてすぐに逃げなかったのか。普通逃げますよ。こんなことになったら」


藤村 「怖気づいてたんだろ?」


吉川 「それなんですがね? どうも奴さんそういうタイプとは思えない。一体どうして……」


藤村 「そんなことはどうでもいいだろ! ここに証拠があるんだ! あいつがやったという証拠が! このロッカーに!」


吉川 「藤村さん。今なんとおっしゃいました?」


藤村 「早く証拠を持って調べろ」


吉川 「そうです。確かにこのロッカーの中に証拠はあるんです。しかしどうしてあなたがそれを知ってるんですか? ここに証拠の品が入ってることは犯人しか知りえないはずです。あなたははっきりおっしゃった! ここに証拠があると!」


藤村 「……なんとうことだ」


吉川 「今の言動はすべて録画させてもらいました。藤村さん。これまでは完璧でした。およそ完全犯罪と言ってもいい。しかし最後の最後で焦りましたね」


藤村 「……わかった。俺がやった」


吉川 「残念です。この証拠品は……。あれ?」


藤村 「あれ?」


吉川 「あれ、ない。あれ? 誰か触った?」


藤村 「え? ないの?」


吉川 「いや、なくはないんですけど。あれ?」


藤村 「ないっていうなら話は違くない?」


吉川 「いやいや。あります。ありますし、もうダメですよ。私がやりましたって言ったでしょ?」


藤村 「それは、違うやつだから。勝利宣言。やったー! って言いたくなっただけだから」


吉川 「そんなことないでしょ。急にあのタイミングでなんで勝利宣言を」


藤村 「独り言をよく言うタイプなもんで」


吉川 「タイプだからOKってならないでしょ、この場合。明らかに不自然」


藤村 「でもほら、ないじゃない?」


吉川 「そりゃないですけど。自白はしたわけだから」


藤村 「だってそれはあると思ったから」


吉川 「あると思って自白したならもうダメでしょ」


藤村 「でもないから自白もないってことで」


吉川 「ならないでしょ。ないけど言ったは言ったから」


藤村 「あれ? 俺また何か言っちゃいました?」


吉川 「そんな異世界転生してきた人みたいな感じでやり過ごせないんだよ! 犯人なんだから」


藤村 「ひょっとしてこの世界の人ってロッカーの中になにかあるかわからないレベルの知能なの?」


吉川 「どんな世界から転生してきたんだ。あなた今までずっとこの世界の住人だったでしょ。何一つおかしな言動のない」


藤村 「クッ。ククッ……。プハァ。やっと出られたぜ。まったく、藤村の人格は守りが硬すぎて厄介だぜ」


吉川 「抑えつけられてた第二人格みたいにして乗り切ろうとするなよ?」


藤村 「え? 今って西暦何年ですか?」


吉川 「タイムスリップしてきた人は全然関係ないでしょ。ずっといたんだから。昨日も会ってるし」


藤村 「でも証拠品はないだろ! なんでないんだよ! 俺の気持ちを弄んだだけじゃないか!」


吉川 「それは本当にゴメンだけど。弄ばれたのは犯人だからであって。普通の関係者なら証拠品がロッカーにあろうがなかろうが弄ばれないんですよ」


藤村 「弄んでおいてその言い種はなくない? 俺だって自白するならもっとちゃんとしたかったよ。なんか『ないの?』みたいなオヨヨってなっちゃってたじゃん。あんなの裁判で証拠の動画として提出されたら恥ずかしくて街を歩けないよ」


吉川 「実刑食らうからどのみち街は歩けませんよ」


藤村 「もう一回やり直してよ! 上書きしてよ! しっかりとある体でやるから」


吉川 「無理ですよ。二回目だと私がちょっと笑っちゃうから」


藤村 「笑っちゃうなよ! 俺の人生の土壇場だぞ?」


吉川 「二回やったら証拠の捏造になっちゃうでしょ」


藤村 「そもそもないのが悪いんだろ! 警察の証拠品管理どうなってるんだよ! ないじゃ済まされないよ! このロッカー! ここに! あるはずの! あ、こっちか?」


吉川 「あ、あった」


藤村 「あった。こっちだった」


吉川 「そっちでしたか。よかったー」


藤村 「俺がやりました」


吉川 「……なんかグチャグチャになったんでもう一回やります?」


藤村 「いい?」



暗転

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