手術

吉川 「藤村。必ずお前の手術は成功させる。俺を信じてくれ」


藤村 「俺の一番の幸運は世界一の外科医を友人に持てたことだな」


吉川 「なに、寝てる間に全部終わってる。目が覚めたら今までと何も変わらない日常だ」


藤村 「そうだ。手術の前に言っておきたいことがあるんだ」


吉川 「なんだ?」


藤村 「良子ちゃん」


吉川 「うちのかみさんが何か?」


藤村 「懐かしいよな。二人で夢中になってさ。結局王子様はお前だったというわけで、俺はまったく視界にも入ってなかったけど」


吉川 「そんなことないだろ。よくお前の話は出るよ」


藤村 「そのことなんだけど。ゴメン!」


吉川 「どうした、急に?」


藤村 「良子ちゃんと浮気しちゃった」


吉川 「……どういうこと?」


藤村 「愛をほとばしらせてしまった」


吉川 「なんだよ、ほとばしって。冗談言ってる時じゃないぞ」


藤村 「これがなんとマジなんです」


吉川 「は? なんでそんな。だいたいなんで今言うんだよ?」


藤村 「やっぱり隠し事とかよくないから」


吉川 「よくないけどさ。これから俺はお前の手術をするんだけど?」


藤村 「よろしく頼む」


吉川 「よろしくする相手にそんなこと言う?」


藤村 「おかげでスッキリした」


吉川 「お前はスッキリだろうよ。俺のもんやりはどうなるの? これ抱えて手術なんてできないよ? 成功率だって決して高くないんだよ?」


藤村 「逆に考えろよ。もしこれで俺が死ぬようなことになったら、お前は復讐のために殺したんだなってみんな思うよ? そんなの嫌だろ? だから絶対に成功させなきゃいけない」


吉川 「サイコパスの考え方かよ。いや、だって集中できないだろ。どう考えても」


藤村 「お前なら乗り越えられると信じてる!」


吉川 「お前が勝手に山を拵えたんだよ? 信じる前に乗り越えさすなよ」


藤村 「俺が死んだら、良子ちゃんも悲しむぞ?」


吉川 「俺は? 俺の気持ちは? 俺の悲しみは?」


藤村 「その気持ちは一旦置いておけ。プロだろ?」


吉川 「お前が言うのか? 置かなくてもよかった荷物を抱えさせたお前が」


藤村 「あのさ、悪いと思ったから打ち明けたんだぞ? 何だその態度は。もし何も言わずに俺に万が一のことがあったら、このことは闇に葬られてたんだぞ?」


吉川 「むしろそっちの方がいいような気がするんだが」


藤村 「俺は俺とお前の友情を信じたから! 俺たちの絆はその程度で壊れるなんて思ってないからこそ言ったんだ!」


吉川 「絆があったらまず不倫をするなよ。初手で間違ってるんだよ」


藤村 「ひょっとしてお前、憎さにかまけて俺を殺す気じゃないだろうな?」


吉川 「殺そうとは思ってないよ。たださっきまで100だった生かそうって気持ちが15くらいになってる」


藤村 「じゃあ、全部なし! なかったこととして水に流して、気持ちも新たに手術に挑もう?」


吉川 「無理だろ? そうか、なかったんだ。切り替えるぞー! ってなったらそいつの情緒はどうかしてる」


藤村 「あの、でもさ。浮気はしたけど。そんなに気持ちよくはなかったから」


吉川 「どんな弁明なんだよ。そうか、それなら許そうってなるか? それを聞いて。むしろ失礼だろ! 人のかみさんに対して言うに事欠いて!」


藤村 「あ、ウソウソ。本当はすごい気持ちよかった」


吉川 「どっちもダメなんだよ! そう言われても余計気持ち悪いよ! 逆に? とかないんだよ、このことに関しては!」


藤村 「麻酔で意識が朦朧としておかしなことを言ったかもしれない」


吉川 「まだ打ってないんだよ」


藤村 「手術前の緊張でおかしなことを口走った。シュジュッツ・ブルーだから」


吉川 「マリッジ・ブルーみたいに言うなよ。みんな手術前はナーバスになるけど、そんなこと言うやつはいない!」


藤村 「じゃあもう、どうすりゃいいんだよ!」


吉川 「なんでお前がキレる側になってるの? 反省とかないのかよ!」


藤村 「わかった。こうなったら誠意を見せるために、腹を斬るよ!」


吉川 「手術ついでに誠意を見せるなよ!」



暗転

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