魔球

藤村 「次のバッターは強打者だ。やむを得ない。魔球で行こう」


吉川 「え? ないよ、魔球なんて」


藤村 「またまた。極秘裏に開発してるくせに」


吉川 「してないよ。なに、魔球って」


藤村 「開発してないの? なんで?」


吉川 「なんでって。そもそも魔球の概念がよくわからないもの。どうやって開発するものなの?」


藤村 「キャッチャーの俺に聞かれてもわかるわけないだろ!」


吉川 「ピッチャーだったら常識みたいなスタンスを取るなよ。知らないよ」


藤村 「マジか。魔球の一つもないのかよ」


吉川 「ピッチャーだったら誰しも持ってるものじゃないだろ。その思い込みはどこからきたんだよ」


藤村 「でも関西人はみんなたこ焼き器持ってるって言うし」


吉川 「たこ焼き器並の手に入りやすさで誰しも魔球持ちになれないだろ」


藤村 「たこ焼き器もコロナで外出自粛だった時は手に入りづらかったみたいよ?」


吉川 「比べられるものじゃないだろ。お店で買えるんでしょ? 魔球は売ってないじゃん。そんなくにおくんのダウンタウン物語みたいなシステムじゃないだろ」


藤村 「魔球がないとしたら逆にお前に何があるの?」


吉川 「おいおい、人の価値を魔球のみで測るなよ。いいところいっぱいあるよ!」


藤村 「俺は魔球はないけどさ、英検一級持ってる」


吉川 「だからなに!? 代わりになるもの?」


藤村 「お前は英検一級は?」


吉川 「ないけど」


藤村 「魔球もなく英検一級もないの? いよいよヤバいな」


吉川 「ヤバくないよ! ざらにいるだろ、どっちも持ってないやつ」


藤村 「ちなみに俺は胸に秘めたる大きな野望も持ってるけど?」


吉川 「なんだよ、それは! 具体的に何を持ってるんだよ!」


藤村 「あるの? お前には。胸に秘めたる大きな野望」


吉川 「そう言われたらないけど。そもそもそんなものに価値があると思ってないから」


藤村 「わかったわかった。ゴメンよ。しょうがないよ、そういうやつもいる。別に恥ずかしいことじゃないさ」


吉川 「なに度量の大きさを示して慰めてるんだよ。別にこっちは落ち込んでないから!」


藤村 「できることから探していこう。因数分解はできるよな?」


吉川 「……もうよくない? この話」


藤村 「あ。そうか。なんかゴメンな。次は強打者だけど、なんか投げてよ。あとは俺たちができるだけのことするから」


吉川 「モチベーションが底を割ってるんだけど」


藤村 「あ! お前、あれができるじゃん! ほら! チンチンに見えない糸が繋がってて引っ張られるパントマイム!」


吉川 「なんで今それを思い出すんだよ! 酔っ払った時のやらかしだろ」


藤村 「とにかくあったじゃないか! できること! 良かったな!」


吉川 「それしかないみたいに言うな? あるからな! 他にもあるから! 今あれでそんなに思い浮かばないけど。あとで列挙してやるから」


藤村 「そうだ! あのチンチンのパントマイムを利用した魔球ってのはどうだ?」


吉川 「どうだってなんだよ! どうもこうもないだろ! ナイスアイデアをひらめいた感じで言ってくるなよ」


藤村 「一つ一つ大切にしていけってことだよ。お前は決して空っぽなんかじゃない!」


吉川 「わかってるよ。空っぽだと思ったこと一度もないよ。お前がうっすら思ってるだけだろ」


藤村 「いや、やっぱりマズいか。マウンドの上でチンチン出しちゃ審判に睨まれるもんな」


吉川 「審判に睨まれる程度ですまないだろ。人間の尊厳の問題だよ!」


藤村 「せっかくのお前が輝ける場面だったけど。ここは俺の顔に免じて出さないでくれ。頼む。しまってくれ」


吉川 「出したがってるみたいに言うなよ! 絶対に出さないよ!」


藤村 「よし、しまっていこー!」


吉川 「だから出してないって!」



暗転

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