カマかけ

吉川 「お前さ、聞いたんだけど」


藤村 「なに?」


吉川 「いや、聞いたんだけど? なんで俺に言わないの?」


藤村 「え、なにが?」


吉川 「言って欲しかったよ。俺にはさ」


藤村 「……どれ?」


吉川 「どれってことある? 一杯あるの? 俺に言うべきだった事案が」


藤村 「一杯っていうか。念のために、どのジャンルの話?」


吉川 「ジャンルごとにあるの? 俺に言うべきことが」


藤村 「航空力学のやつ?」


吉川 「航空力学ではないと思う。お前には航空力学のことで俺に話しとくべきだったなーってことが思い当たるの?」


藤村 「ある意味そうかなって思っただけで。じゃ、話すけど。2時間半もらっていい?」


吉川 「じっくり話す気なんだ。腰を据えて基礎から」


藤村 「いや、基礎はもう把握してると想定しての2時間半だけど。基礎からじゃないとまずいか」


吉川 「そういう話じゃないんだよ。お互いの感情の話なわけで。基礎からみっちりやりますっていう建設的なことをここで言われても困るんだよ」


藤村 「あ、ひょっとして……」


吉川 「それだよ」


藤村 「おばあちゃんが作ってくれたドテラが超いいって話?」


吉川 「いや、それじゃないな。そんなほっこりする話をこの緊張感で問い詰めるか?」


藤村 「本当に良いんだよ。肩口が寒くならないし。生地がきんぎょ注意報のやつでビビるったけど」


吉川 「全然聞いてないんだよ、それは。あるけど。おばあちゃんの生地のデッドストックたまにとんでもない時空を越えたやつがあるけど。その話は今聞いた時点でも俺にすべき要素ないだろ」


藤村 「温かい気持ちを共有しそびれたかなって」


吉川 「それはありがたいよ。お前は良いやつだと思うよ。だからこそ俺には打ち明けてほしかった」


藤村 「あれの話?」


吉川 「それだよ!」


藤村 「あれはダメだよ。俺だって手に入るの分はたかがしててるの。上に納めなきゃいけない分もあるし、末端価格をこれ以上上げたらさばききれないだろ?」


吉川 「聞きたくない! その話はそれ以上一言も聞きたくない!」


藤村 「お前がかぶるってこと?」


吉川 「まじで聞きたくない! 頼む。もう言わないで。俺も知ろうとしないから。まったく俺は知らなかった。これからも知らない!」


藤村 「だったらあれの話だ! 2年後の」


吉川 「なに? 2年後?」


藤村 「第8次暗黒忍者大戦の。闇に跋扈していた世界中の暗黒忍者たちが集結して世界を転覆させようとするやつ。一方その頃、信州の奥深く科学カルト組織を率いる12代目ねずみ小僧はサイバネティック・キョンシーを増産し富士山の噴火による世界の混乱を目論んでいる話」


吉川 「思ったより壮大。そんな壮大な話をお前は一人で抱えてたのか? 一方その頃って語り口が気になる。確かにそれを俺に打ち明けられても何の力にもなれないけどさ」


藤村 「さらに海底では古代に沈んだムー帝国で油汚れは擦らず重曹という裏技が席巻していた」


吉川 「ムー帝国の話なに? 三つ巴になるのかと思ったら参戦しないの? 海底都市で科学が進んでそうなのに重曹のライフハックで盛り上がってるんだ。なんで今その話したの?」


藤村 「重曹、意外なほどに便利だから」


吉川 「だったら重曹の話のみでいいだろ。ムー帝国を持ち込むなよ。設定過多なんだよ」


藤村 「ごめん、もう思い当たらないから最初の一文字だけいい?」


吉川 「クイズ形式にするなよ。お前の方で思いついてくれよ」


藤村 「あー。飲み会の? お前の彼女の話?」


吉川 「そう! そうだけど、もうそれはいいからサイバネティック・キョンシーの話をもっと聞かせてくれよ!」



暗転

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