旨手

藤村 「今となっては実在したのかも確認できない、恐るべき暗殺殺法の毒手は知ってるな?」


吉川 「なっ!? まさか、お前がその使い手だとでも言うのか!?」


藤村 「フッフッフ。いくらなんでもあんなの健康に悪すぎるから俺はやらない」


吉川 「あ。意外と常識人なんだ。そりゃそうだよな」


藤村 「ただこの俺の手を見てみろ!」


吉川 「なっ!? その鈍い輝き。一体何をしたんだ!」


藤村 「フッフッフ。俺は毒手に関するあらゆることを調べた。大学の卒論も『毒手とアジアの食文化』だったくらいだ」


吉川 「卒論まで。毒手に関することだけでいいのに、アジアの食文化まで話を広げるとは」


藤村 「そして自らの身体を使って独自に築き上げた理論を実践した。これが、旨手だ!」


吉川 「う、旨手?」


藤村 「そう! この右手を毎日毎日、美味しい秘伝のタレに漬け込んで暮らすこと10年。ついにこの手は何もつけなくても美味しいものとなったのだ!」


吉川 「それは……。よかったね」


藤村 「お前はまだこの旨手の真価を知らないようだな」


吉川 「真価知る必要ある? 俺を殺しに来た暗殺者の手が美味しいかどうかなんて」


藤村 「たとえばポテチを食べたとしよう。食べ終わったあとに塩分のついたその指をどうする!?」


吉川 「普通にティッシュで拭うけど?」


藤村 「嘘……。そんなやついる?」


吉川 「うちは家族みんなそうだったよ」


藤村 「あのさ。ティッシュとかそんなんで使うの環境に悪いだろ! ゴミが増えるじゃないか。エコじゃない!」


吉川 「ティッシュってそういう時にこそ使うものじゃない?」


藤村 「そうだけど。ティッシュなかったらどうなるんだよ!」


吉川 「手を洗うかなぁ」


藤村 「嘘だろ……。お前なんだよ! ひょっとしてすごい育ちがいいのか? 暗殺者に狙われるようなくせして良い育ちしてるんじゃねーよ!」


吉川 「そんな文句のつけられ方ある? 狙ってくる暗殺者が悪いに決まってるし、育ちなんて自分でどうこうできるもんじゃないだろ」


藤村 「普通は指をしゃぶるんだよ!」


吉川 「あー、そういう人もいるね。俺はやらないけど」


藤村 「やんわり容認するなよ! なんか自分とは違うって一線を引いておいて。否定しないところも育ちが出ててムカつくんだよ!」


吉川 「何に対して怒ってるのかあんまり良くわからん」


藤村 「とにかく! 指! しゃぶると美味しいの! ポテチのあとは! それが永遠に続くと思ってくれ」


吉川 「永遠も何も、経験ないもので」


藤村 「お前さ! わからないなりに想像はできるだろ? 美味しい指の」


吉川 「まぁ、はい」


藤村 「全然乗ってくれないじゃん。俺が苦労して旨手を完成させたのに!」


吉川 「その旨手がなんなの?」


藤村 「なんなのって。旨いことに関してなんなのって思う神経がわからん。美味しい料理を食べてお前は『なんなの?』って思うわけ?」


吉川 「料理じゃなくて手だし」


藤村 「正論を言うなよ! わかってんだよ! ずっとこの手と付き合ってるんだから!」


吉川 「だから何を言いたいの?」


藤村 「せっかく苦労して作ったんだから、せめて『すごいな』くらい言ってくれてもいいだろ!」


吉川 「すごいな」


藤村 「素直に言う辺り育ちの良さが出てるなー」


吉川 「その手でお寿司とか食べたら余計な味がつかない?」


藤村 「つくよ! 素手じゃ食べられないよ! パンとかも! この旨手の唯一の弱点を見破るとは!」


吉川 「逆に利点があんまりわからないんだが」


藤村 「旨いことは大体の場合においていいだろうが! 不味いよりは!」


吉川 「求めてない旨さを押し付けられてもやだな」


藤村 「色々とストレートに言うなよ! もっとオブラートに包め!」


吉川 「でもまぁ、左手で食べればいいのか」


藤村 「左手で食べるの苦手なんだよ!」


吉川 「あー、左は苦いのか」


藤村 「毒手みたいな意味じゃないよ!」



暗転

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