盗人

藤村 「あの言い種だぜ? まったく盗っ人武田たけだたけしだよな」


吉川 「うん。……あ? なんて?」


藤村 「お前の説明の仕方が悪いだってよ!」


吉川 「あぁ、それは確かにひどい。でもなんか、一瞬知らない登場人物がいなかった?」


藤村 「何言ってるの?」


吉川 「なんか盗っ人の……」


藤村 「盗っ人武田剛だろ。信じられねーよな」


吉川 「誰それ。急にどこから来たの?」


藤村 「誰って盗っ人だよ」


吉川 「盗っ人はわかるよ。あんまり厳密にはわからないけど。盗っ人猛々たけだけしいじゃないの?」


藤村 「は? 武田何? 下の名前が違うの?」


吉川 「いや、そもそも人名じゃない。猛々しい。なんか図々しいみたいな意味の」


藤村 「それと盗っ人武田剛に何の関係が?」


吉川 「何の関係があるのかはこっちが聞きたいよ。誰だよ、武田剛って」


藤村 「盗っ人武田剛のこと図々しい奴みたいに言わないでくれる? 知りもしないくせに。確かに盗っ人ではあるけど、心は真っ直ぐなやつだから」


吉川 「具体的にいるの? 武田剛が」


藤村 「盗っ人といえば武田剛だろ? 警部補と言えば古畑任三郎だし」


吉川 「同じような意味合いで使ってるの? 泥棒と警察で対になるような。借りがあるのに図々しいやつを盗人猛々しいっていうんじゃないの?」


藤村 「じゃあ警部補古畑任三郎はどんな時に言うの?」


吉川 「警部補古畑任三郎は警部補古畑任三郎を指すときにしか使わないよ。固有名詞だもん」


藤村 「謎の女峰不二子は?」


吉川 「慣用句じゃないでしょ、どれも。日常で『あー、まさに謎の女峰不二子だ!』って言ってる人いる?」


藤村 「ルパンしか言わないな」


吉川 「ルパンだって謎の女って言わないだろ」


藤村 「ルパンも盗っ人武田剛には一目置いてるっぽいからな」


吉川 「ルパン一味なの? 武田剛は。こそ泥っぽいイメージだったんだけど」


藤村 「対魔忍アサギは?」


吉川 「ここに出てきていい名前じゃないよ。警部補古畑任三郎と対魔忍アサギが並び記されることはないからね」


藤村 「オルレアンの乙女ジャンヌ・ダルクとか」


吉川 「長い。どういう時に使うんだよ」


藤村 「バーベキューやってる時とか」


吉川 「絶対言うなよ? バーベキューやってる時だけは言っちゃダメだよ。楽しいバーベキューが台無しだから。あ、いい匂いがしてきた。オルレアンの乙女ジャンヌ・ダルクね。って病院行ったほうがいいよ、それは」


藤村 「第六天魔王織田信長は?」


吉川 「だからどんな時にそれを言うんだっつーの!」


藤村 「バーベキューをやってる時に」


吉川 「悲劇を繰り返すなよ! お肉が美味しくく焼けてる横で、まさに第六天魔王織田信長だなって言うの? 敦盛踊ってる間に焼きすぎないようにね。タレってどこにやったっけ? あぁ、タレは本能寺にあり! なーんて、使うかそんな言葉!」


藤村 「すごい乗ってくるじゃん。敦盛踊ってなんて一言も言ってないのに。何、タレは本能寺って」


吉川 「リフレインしなくていいんだよ! 聞き流せよ、こっちも勢いで言って後悔してるんだから」


藤村 「もっとやってくれよ。そのしょーもない寸劇見てると暇つぶしになるわ」


吉川 「いや、盗っ人猛々しいな!」


藤村 「違う。盗っ人武田剛だよ」


吉川 「あ、そっか。いや、違わないだろ!」



暗転

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