縁起

藤村 「お、縁起がいいな!」


吉川 「え? なにかあった?」


藤村 「ほら、見て。爪の横の皮膚がちょっと裂けてる」


吉川 「それってささくれじゃないの? どっちかというと縁起悪いだろ」


藤村 「そんな頭から否定されるとは思わなかった。ショック!」


吉川 「全然聞いたことないよ。ささくれなんてできて良いこと一つもないじゃん」


藤村 「だからこそだろ? ささくれが縁起が良いってことになればできた時の嫌な気持ちが緩和されるじゃん。世の中の幸福の総量を増やしてるってことになるだろ」


吉川 「だって聞いたことないから」


藤村 「だから今から言い始めればいいんだよ」


吉川 「いいの? 縁起ってなんていうか、個人が勝手に始めちゃっていいことなの? もっと古くからの集合知みたいなものじゃ?」


藤村 「茶柱が立ったとか?」


吉川 「そう! そういうの」


藤村 「あれだってお茶にお茶のカスが入ってて悲しい気持ちをポジティブにしたのがきっかけだろ? 実際に嬉しいか? 今から飲もうってものにゴミ入ってて」


吉川 「確かに現象としては嬉しくないけど、ゴミって」


藤村 「茶柱ってお茶の茎なんだよ? 今どきのお茶って、茎なんて使わずに葉の部分だけきちんとこだわって生産されてるし、もっと言えば茎がお茶に混入するような目の粗いフィルターを使ってる人なんていないんだよ。茶柱なんて入らないように先人たちがコツコツと努力してきたわけ。なぜか、ゴミだからだよ。お茶に混入して嬉しいものじゃないからだよ」


吉川 「そっか。縁起が良いって昔の人の知恵だったのか」


藤村 「強がりだったかもしれないな。うんこ踏んづけちゃったけど、これで運がついたなんて言う人いるじゃない。あれはもう純粋にうんこを踏んだという現実を受け止めるには厳しすぎるからだろ。そんなんで運なんてつくわけないってわかっていながらも、そう言わざるをえない心の痛みから出たんだよ」


吉川 「なるほど。じゃあ縁起がいいことって現代に合わせて増やしていったほうがいいのかもな」


藤村 「プリウスが突っ込んできたら縁起が良いとか」


吉川 「それはもう言うしかないね。縁起が良いと思わないことにはやってられないね」


藤村 「マッチングアプリで別の角度からの写真送ったら連絡が途絶えたとか」


吉川 「それは物悲しい縁起の良さだなぁ。『連絡が途絶えた、縁起いい!』って言ってる人みたら1000円くらいあげたくなる」


藤村 「有名ユーチューバーにアンチコメ書いたら、メチャクチャ叩かれてまとめサイトに書かれて炎上するとか」


吉川 「縁起が良い悪い以前にアンチコメをやめなよ。それは自分の理性で踏みとどまれるものだから」


藤村 「仮想通貨に……」


吉川 「やめなよ! もうろくなことにならないから! 縁起の前にやめなよ!」


藤村 「そんな日常のちょっとした不幸に対して、あえて縁起が良いなって思う活動をしていけたらなと思ったんだ」


吉川 「途中、ちょっとしたでは収まらない不幸もあったけど、その活動の趣旨には賛同するよ」


藤村 「え、お前も参加するの? ……縁起が良いな」


吉川 「ちょっと待てよ。今までの流れからするとちょっとしたネガティブ感じ取ったみたいだけど?」


藤村 「そ、そんなことない。縁起いいから。うん、これは縁起いいことなんだから」


吉川 「しっかりと自分に言い聞かせるなよ。ちょっと傷ついたよ」


藤村 「お、縁起いい?」


吉川 「なぁ、無理に縁起いいを求めすぎて幸福の総量減ってないか?」



暗転

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