筋肉

藤村 「はい、追い込んで! あと2回」


吉川 「ッフー!」


藤村 「ラスト! 出し切って!」


吉川 「オリャー!」


藤村 「はい、お疲れ様でした」


吉川 「フゥ~」


藤村 「どうでした? 結構きつかったですか?」


吉川 「はい。かなりきつかったです」


藤村 「それはよかった。きつければきついほど効きますから」


吉川 「そうですか」


藤村 「筋トレは筋肉に効くと思ってるでしょ? 違うんです。心に効くんです!」


吉川 「心に」


藤村 「そう! 苦しい思いをして乗り越えた達成感。そしてそれにより筋肉が成長するという報酬。筋トレを続けると筋肉よりも心が大きく成長するんです!」


吉川 「そうなんですね。わかりました。頑張ります」


藤村 「結局人間て筋肉ですから。筋肉がなければもう死ぬわけですよ」


吉川 「そりゃ大体そうですよね。骨がなくても死にますし」


藤村 「あぁん? 骨がないなんて状況ありうるか? どんな状況だよ!」


吉川 「あ、すみません。比喩かと思って」


藤村 「筋肉のことに関してはふざけるの許されませんから。下手すると怪我しますし」


吉川 「ふざけたつもりはないんですけど」


藤村 「んだと?」


吉川 「あ、すみません。思ったより器が小っちゃいな。心が成長してるって言ってたのに」


藤村 「あなたは筋トレを過小評価してる。もし今、目の前に殺人鬼がいたらどうします?」


吉川 「逃げます」


藤村 「そう簡単に逃げられると思ってるのか?」


吉川 「殺人鬼側の心理? あなたが殺人鬼なの?」


藤村 「違いますけど。殺人鬼だってバカじゃない。逃げようとするやつを簡単に逃さないはずです」


吉川 「えっとカバンの中にトウガラシスプレーがあるので」


藤村 「そんなもの持つなよ! 危ないじゃねーか」


吉川 「え、これは護身用で」


藤村 「台無しじゃねえかよ。殺人鬼の身にもなってみろよ。そんなの聞いてないだろ!」


吉川 「殺人鬼の身になりたくないですけど」


藤村 「なし。トウガラシスプレーだけはなし。ここはトウガラシスプレーがない世界線」


吉川 「そんなパラレルワールドに移行していただなんて」


藤村 「逃げ場のないお前はこう殺人鬼に捕まるわけだ」


吉川 「ちょうど持ってたスタンガンで、こう」


藤村 「危なっ! 何持ってんだよ」


吉川 「護身用で」


藤村 「そんなに護身するか? 常識がなさすぎるよ」


吉川 「いや、そもそも護身のために身体鍛えようとこのジムに来たので」


藤村 「そんなに護身のことばっかり考えてちゃダメだよ。もっとリスクを選ばないと」


吉川 「生き方は人それぞれでしょ」


藤村 「スタンガンはダメです。殺人鬼は電撃無効のパッシブスキルがあるから」


吉川 「なにその殺人鬼」


藤村 「殺人鬼ってのはそういうものなんだよ。この世界では」


吉川 「いよいよ厄介なパラレルワールドになってきたな」


藤村 「その殺人鬼がこうやって身体を拘束しようと……」


吉川 「えいっ!」


藤村 「痛っ! なにそれ」


吉川 「合気道です。護身の」


藤村 「なんで護身するんだよ。人が説明しようとしてるのに」


吉川 「説明しようとしてる感じには思えなかったから」


藤村 「なし! 合気道は効かない。殺人鬼はエスパーだから。離れたところから身体の自由を奪う」


吉川 「エスパーなの?」


藤村 「殺人鬼ってのはそういうものだから」


吉川 「そこまで能力があるなら殺人なんて犯さなくてもいいのに」


藤村 「そうやって説得しようとするなよ! 殺人鬼はやめられないんだから! 業を背負ってしまったんだから」


吉川 「わかりました。それじゃ私は何もできません。もう護身の術もない。ただ殺されるだけです。でも筋肉があれば違うんですか?」


藤村 「え?」


吉川 「そもそも筋肉があればって例え話で殺人鬼が出てきたんでしょ?」


藤村 「えっと。このエスパー能力無効ボタンを押すから大丈夫」


吉川 「見たことも聞いたこともないガジェットが出てきた。もう筋肉関係ない」


藤村 「このボタンがすごく固いんだよ! 筋肉があったおかげで押せた! よかったー!」


吉川 「わかりました。今日でこのジムは解約します」


藤村 「なんでだよ! 筋肉は!?」


吉川 「別のエスパーのジムを探します」



暗転

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