古今東西

藤村 「自分の繊細さを時に恨めしく思うことはないか?」


吉川 「どうした、いつになく深刻な顔をして」


藤村 「古今東西で全く勝てないんだ」


吉川 「その要因からよくそこまで深刻な顔を作れたな。途中で笑っちゃわないか?」


藤村 「俺が繊細な人間であるばかりに!」


吉川 「繊細さって関係ある? 知識の量じゃない?」


藤村 「じゃあ試しにやってみるか?」


吉川 「古今東西、飲み物。牛乳!」


藤村 「待ってくれ。絶対か? 例えば期限の切れた牛乳をお前は飲めるのか?」


吉川 「面倒くせー!」


藤村 「ほら、二言目にはそれだ! 俺は極めて真っ当な指摘をしているに過ぎないのに。雑なやつが勝つゲームなんだよ。細かいことに目を留めない、人間の格が低い方が有利という闇のゲームなんだよ。古今東西は!」


吉川 「闇のゲームに招待されて古今東西始まったら一回ズッコケるけどな」


藤村 「なんでも十把一絡げにしてしまう、そのガサツさが許せない。人間だってそうだ。一人ひとりは別の個人のはずなのに、人種や、性別や、国籍でまとめて語ってしまうことこそが差別を生むんだろ! 世の中を悪くしてるのは古今東西が強いやつらなんだよ!」


吉川 「古今東西を悪人のジャッジに使う思想の方が怖いけど。でも牛乳っていったら大体の人が期限の切れてない飲める状態の牛乳を思い浮かべない?」


藤村 「大体の人が思い浮かべるからOK。というマジョリティに阿った考えこそが生きづらさを生んでるんだよ! そのマジョリティたちが無自覚にマイノリティを締め付けるんだ。腐った牛乳派の人たちは我慢してマジョリティの示す牛乳を受け入れなくてはならない」


吉川 「腐った牛乳派は自業自得だと思うけど」


藤村 「はい、出ました! 自己責任論。自分たちが締め出しておいて行く場所がいなくなった者たちをさらに追い詰める。お前は想像力が欠如してるんだよ。いつ自分が腐った派に行くとも分からないのに」


吉川 「古今東西ごときですごい人格を攻撃してくるな。ただの遊びなのに」


藤村 「じゃあわかった。お前が逆の立場だったらどうか、思い知らせてやるよ。古今東西、食べ物」


吉川 「納豆」


藤村 「全部」


吉川 「ん? うどん」


藤村 「全部!」


吉川 「なに、全部って?」


藤村 「全部は全部だよ。この世の森羅万象あらゆる物が内包されている。牛乳の中に腐った牛乳があるように、納豆やうどんも全部に含まれてるだろうが」


吉川 「古今東西ってそういうもんじゃないだろ?」


藤村 「ほら、それだ! 自分が不服ならルールを改正する権利があると思ってる。その驕り! あくまで自分が正しいという立ち位置を変えない。お前が全部じゃゲームにならないだろ、と思った時の気持ちは常に俺が抱いているストレスなんだよ」


吉川 「納得したとは言わないが、言いたいことは薄っすらわかった。俺にはどうすることもできないけど、お前が苦しんでることは心苦しく思うよ」


藤村 「うぅ、ありがとう。誰にも理解されずに気狂い扱いされて俺はもう、俺はもう……」


吉川 「俺も想像力が足りてなかった。色々とアップデートしていかないとな。じゃ、いいよ。お前が好きなようにやれよ」


藤村 「本当? じゃぁ、古今東西腐ったもの!」


吉川 「やっぱりお前が悪いな」



暗転

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