カンニング

吉川 「お前がカンニングしたという噂があるが」


藤村 「先生、我々生徒にとって先生とは手本となる大人であるべきだと思っています。それがなんですか、噂なんかに振り回されて」


吉川 「しかし多くの者達がお前のカンニングを証言しているんだ」


藤村 「他人の動向ばっかり気にして、自らを高めることをせずに他人を貶めようとするような奴らの言うことを聞く理屈なんてありますか? 確かに俺はカンニングをしましたけど、そんなくだらないやつらよりはずっとまともな人間だと思ってます」


吉川 「え。待って? したの? カンニング」


藤村 「今はそんなことを議論している時ではないでしょう? カンニングをしていても俺は友人を売ったりはしません」


吉川 「してたんだな、カンニングは」


藤村 「これは誘導尋問ですよ? そこまでして罪を生み出したいんですか?」


吉川 「藤村、カンニングをしたんだな?」


藤村 「ちょっとだけです」


吉川 「ちょっとでもダメだろ、しちゃ」


藤村 「違います。可愛げで許されるくらいのちょっとだけです」


吉川 「ちょっとだから許すとかないんだよ。してはいけないことなんだから」


藤村 「お言葉ですが、子供が駄菓子屋でお菓子をうっかり盗ってしまったことと、人を殺したことが同じ罪ですか? この世には許されるべき悲しき犯罪だってあるはずです」


吉川 「カンニングは違うだろ。論点をすり替えるな」


藤村 「ルールはルールと言いたいんですね。でもそのルール自体に疑いを持ったことはありませんか? 学生時代は個性を出すな、髪を染めるな、化粧をするなと勝手なルールを押し付けておいて、それが社会に出たら今度は個性がないと叩かれる。学校教育とはただ単にあなた達が管理しやすいための檻に成り果ててる! でも俺は先生を許しますよ。教師という仕事も辛いでしょう。ここはお互いに水に流すということで」


吉川 「なんでお互い様になってるの? お前のカンニングは罪として消えてないよ?」


藤村 「人を許すということを教えるのも教師の役目じゃないんですか? いいんですか? そうやって他人の過ちを攻撃し憎しみ合う社会を作っても」


吉川 「一見正しいが、それは許される側が言う言葉じゃないんだよ」


藤村 「俺は罪も認めましたし、あとはやり直すだけ、もう未来しか待ってない希望に満ち溢れた状態なんですよ? その俺に向かって執拗に罰を与えようとする、それが本当に正義ですか?」


吉川 「罪を認めてても反省してる感じが全くしないんだよなぁ」


藤村 「学生時代は徹底的に糾弾されるカンニングですが、いざ社会に出たらどうでしょう? 人を出し抜いて上手くやる、それは成功のために求められるスキルではないのですか?」


吉川 「そういうやつもいるだろうけど、真面目にやってるやつが評価される社会こそ理想とすべきだろ」


藤村 「そんな甘いこと言ってるから、こんな底辺校のボンクラ教師として一生を終えるんですよ。いいですか?」


吉川 「おい、よくないよ! 言っていいことと悪いことがあるだろ」


藤村 「この世の成功者はすべて何らかのズルをしてるんですよ。そして手に入れた力でそのズルを正当化する。それこそがこの社会で生き抜くためのスキームなのです。先生の真面目さは尊敬します。でもそれが幸せだと、これ以上の幸福はないと胸を張って生徒たちに言えますか!?」


吉川 「言葉の刺し方がえげつないな。なんか泣きそうになってきた」


藤村 「あと一押か。ちょっと待ってください……」


吉川 「何だその本。完全論破辞典? お前、論破すらもカンニングで」


藤村 「すみませんでした。次からは自力で論破します」


吉川 「まず試験を自力でしろよ」



暗転

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