ライン

藤村 「ただどうでしょう? 今のはボールはラインを割ってますね?」


吉川 「いえ、割ってないんです。ボールを真上から見て少しでもラインに掛かってたら入ってるんで」


藤村 「あー、なるほど。そう言う考え方もあるわけですね。ただちょっと吉川、お前いくつだっけ?」


吉川 「え? 私ですか? 31ですけど」


藤村 「そうだよね。俺は32。今年33。2年先輩だよね?」


吉川 「はい」


藤村 「これ、ライン割ってると思うんだよ」


吉川 「いえ、あの。ルールなんで。先輩だからっていうのはもう関係なくて」


藤村 「関係ない? おい、お前は先輩に対して関係ないと言ったのか?」


吉川 「ルールなんで。あくまでルールの話をしていますので」


藤村 「先輩と後輩のルールというのもあるよな?」


吉川 「スポーツの話をしましょう! ここで交わされるのはスポーツとして決められたルールの話です」


藤村 「お前もスポーツ経験者なら先輩に対する態度ってのがあるだろ?」


吉川 「もちろん藤村さんのことは尊敬しています。先輩ですし。その気持ちはあります。ただ今行われているゲームの中のこの判定に関してですね」


藤村 「うなぎ、食ったよな?」


吉川 「え? なんですか、急に」


藤村 「この間、うなぎ。俺は特上でもいいって言ったのにお前は上を頼んでさ。美味かったよな?」


吉川 「あ、はい。美味しかったです」


藤村 「これはラインを割ってるよな?」


吉川 「いえ。真上から見るとですね、ここわずかにラインに掛かってますよね?」


藤村 「うなぎは!」


吉川 「いえ、言わせてもらうと、あの時藤村さんは持ち合わせがないって言われて、結局払ったの私だったと思うんですけど」


藤村 「は?」


吉川 「ちなみにまだその時の返してもらってませんし」


藤村 「お前は何を言ってるの? 今はラインの話をしてるんだろ? 訳のわからないことを持ち出すんじゃないよ」


吉川 「そっちがうなぎを持ち出したんですよね? ラインの話だけするなら私もその方がいいです」


藤村 「お前の世代って坂マラあった?」


吉川 「え、なんですか?」


藤村 「坂マラ。あの坂を20本往復するやつ」


吉川 「なかったです」


藤村 「だろ? 俺達の世代で廃止したんだよ。後輩たちが可哀想だから。あの地獄の坂マラを。俺達の世代が止めなかったらお前らもう死んでたからね」


吉川 「あ、はい」


藤村 「ラインは、割ってるよな?」


吉川 「割ってないです。ルールですから」


藤村 「割ってないって言うなら、今から坂マラ行って来いや!」


吉川 「なんでですか、意味がわからない」


藤村 「俺だって意味はわからなかったよ。なんだよ坂マラって。誰が考えたんだよ。あんなクソみたいの」


吉川 「あの、ゲームの話ししましょうよ」


藤村 「感謝がないんだよ! 坂マラのクソさを知らないから」


吉川 「クソとか言わないでください」


藤村 「坂マラやれば、あのクソさとそれを廃止した俺たちへの感謝が湧いてくるから。そうしたらラインはもう絶対割ってるってことになるから」


吉川 「ルールはルールなんで。そういう気持ちで変わるものじゃありませんから。そもそも私に言ったからといって判定が覆ることじゃないんです」


藤村 「まぁまぁ、落ち着けよ。お互い冷静になろう。大人なんだから。判定はともかくとして先輩に恥をかかせることは良いことでしょうか? 悪いことでしょうか?」


吉川 「いえ、はい。あんまり良くはないと思います」


藤村 「だよね? 今もうこの解説聞いてる人、全員あいつバカだなって感じになっちゃってない?」


吉川 「そんなことないと思います。藤村さんは愛嬌がありますし」


藤村 「愛嬌ってバカの言い換えだろうが!」


吉川 「そんなことないです。見てる人も藤村さんのこと尊敬してますよ」


藤村 「もっとちっちゃい声でコソッと教えてくれてもよかったんじゃないのか? あんな感じで言われたらこっちももう引くに引けないだろ?」


吉川 「それはすみません」


藤村 「次は俺がバカじゃない感じになるためにお前間違えてくれないか?」


吉川 「すみません。それはお断りします。同じレベルだと思われたくないんで」


藤村 「おい! 今のは一線を越えたな」



暗転

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