食べられ

藤村 「うちのウニはね、ウニが苦手な人間でも絶対食べられるから。特別なルートで来てるからなんたって鮮度が違う」


吉川 「そうなんですか」


藤村 「以前来たウニが苦手な客も涙流してたよ。『ウニってこんなに美味しかったんですね』って。ただそれでよそのお店に行っても、うちほどのは出ないと思うから可哀想ではあるけどね。おたく、ウニは?」


吉川 「好きな方です」


藤村 「あ、好きなの? じゃ、ダメだな」


吉川 「ダメって何がですか?」


藤村 「好きなやつに食わせるウニなんてないよ」


吉川 「どういうことですか?」


藤村 「ウニ苦手な人でも食べられるウニなんだから。好きな人はその辺のスーパーで売れ残って半額になったウニでも食ってれば?」


吉川 「いえ、美味しいやつが食べたいんで」


藤村 「え、でも何食っても美味いんでしょ? ウニだったら何だって美味いっていうろくな舌を持ってない人間なんでしょ?」


吉川 「そういう言い方なくないですか? それなりに美味しいウニを食べてきたから好きなんですけど」


藤村 「そんなわけないじゃん。ウニなんて不味いもん。生臭いし」


吉川 「風向き変わってきたな。ウニに自信のあるお店じゃないんですか?」


藤村 「あるよ。うちのウニはもう他とは鮮度が全く違うから。あんなもの食うやつの気はしれないけど」


吉川 「あなたがウニ苦手なんじゃないですか」


藤村 「医者の不養生って言葉も紺屋の白袴って言葉もある。そんなことをお客さんに言われる筋合いはないね」


吉川 「じゃ、とりあえずそのウニを食べさせてください」


藤村 「いやぁ、わからないと思うよ? 鮮度とかまったく気にしたことないでしょ。プリンに醤油かけたやつでもいいんじゃない?」


吉川 「いいわけないじゃないですか。なんで頑なに出してくれないんですか」


藤村 「せっかくのいいウニなんだから、味の分かる人に食べてもらいたいんだわ。あんた見たところ、そう言う人には見えないな。もみあげも短いし」


吉川 「もみあげの長さは関係ないでしょ? 見た目で言われるほど味はわからなく無いと思いますけどね!」


藤村 「だったら逆に聞くけど、あなたの苦手なものって何?」


吉川 「あー、そういうアプローチで来るんだ。そうですね、急に言われると思いつかないな」


藤村 「なんでも美味いと感じちゃうバカ舌だから?」


吉川 「言い方に悪意しか感じられない」


藤村 「腐った肉は? そんなのも美味いって思う?」


吉川 「いや、腐った肉は嫌ですよ。そもそも食べたことない」


藤村 「別に苦手ではないってこと?」


吉川 「苦手ですよ。ないでしょ、腐った肉を食べる機会なんて。腐ってたら食べずに捨てるもの」


藤村 「あー、なるほど。食わず嫌いなんだ」


吉川 「普通は食わずでしょ。好きも嫌いもなく食わずだよ。腐ってるんだから」


藤村 「うちの店はね、そういうお客さんでも喜ぶ腐った肉置いてますよ」


吉川 「喜ばないよ。なんで置いてあるの。捨てなさいよ」


藤村 「みんなそう言うんですよね。でもこんな言葉を聞いたことがありません? 肉は腐り掛けが美味い」


吉川 「あー、確かに聞いたことはある」


藤村 「でもうちのは腐りかけじゃなくて完全に腐ってますから。度を越してるから」


吉川 「じゃあ捨てろよ。美味くはないんだろ?」


藤村 「もはや美味しいとか美味しくないとかいう次元じゃないんですよ。以前食べた人は天にも昇ると言ってました」


吉川 「死にかけてるんだろ。腐ったもの食べるから」


藤村 「いやぁ、もう参ったなお客さんには。今回だけ、特別だよ?」


吉川 「いらねーよ! この店のことネットに書くからな!」


藤村 「ウニでございます! どうか、これでひとつ!」


吉川 「店自体が腐ってんな」



暗転

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