もらう

吉川 「だったら言わせてもらうけどさ? お前だって結構ひどい発言があるぞ?」


藤村 「ちょっと待って。今、誰に言わせてもらったの?」


吉川 「は?」


藤村 「言わせてもらうけど、って言ってたけど。誰に言わせてもらったの? 神?」


吉川 「いや、神じゃないよ。そんないちいち神様に発言権を求めてないよ」


藤村 「じゃ、誰なんだよ?」


吉川 「強いて言えば、……お前かな」


藤村 「いいえ。俺は言わせてあげてないです。だから今の発言は取り消しね」


吉川 「そういうことじゃなくない? 言わせてもらうってのは常套句であって、本当にお前から許可を得るという意味じゃないよ」


藤村 「でも俺は言わせてあげない。なんで俺への非難を俺が言わせてあげると思ってんの? 人生そんなに甘くないよ?」


吉川 「人生を舐めてるから言ったわけじゃなくてさ。俺の中の悪いなぁという気持ち。ちょっと言い過ぎかもしれないという罪悪感が『言わせてもらうけど』に表れてるわけ」


藤村 「だから言わせてあげないって。なんで事後承諾でまかり通ると思ってるんだよ。『言わせてもらうけど』じゃなくて事前に『言わせてもらってよろしいでしょうか?』とお伺いをたてるのが筋だろ」


吉川 「口論の最中にそんな悠長に許可を得るか? そもそもお前は俺に対する発言で許可を得てるのかよ?」


藤村 「俺は『言わせてもらいますだぁ、お役人様』みたいな惨めな言い方しないもん」


吉川 「俺だってそんな稗と粟しか食べてない農民みたいな言い方してないよ!」


藤村 「言わせてもらうっていう下から来る感じが奴隷根性が染み付いてて気持ち悪いんだよな」


吉川 「だったら言わせてもらうけどさ!」


藤村 「だから言わせねーって!」


吉川 「違う! 許可じゃないんだよ。口癖みたいなものだよ。そこでお前がキャンセルする権利はないんだよ」


藤村 「お前は今までの人生で『言わせてもらうけど』がまかり通るようなイージーな相手としか口論してこなかったんだろ。だから甘えが出てるの。俺は言わせてあげない。いまだかつてお前が出会ったことのない強敵、それがこの俺」


吉川 「俺はともかく、俺と口論してきた相手までまとめてバカにしないでくれる? お前って本当に他人に対する配慮が欠けるよな」


藤村 「あ、今のは言わせてもらったやつじゃない? ダメだよ。言わせないよ」


吉川 「いいだろうが! 俺が言いたくていってるんだよ!」


藤村 「でも今までの傾向として言わせてもらってる状態でしょ? お前が言う一連の非難は。俺は断じてそれを許さない。何があっても言わせない」


吉川 「それはなに? 俺は今後あらゆる発言をお前の許可無くできないってこと?」


藤村 「別にそこまで言ってないよ。ただお前が俺に対して言う『言わせてもらうけど』という卑屈で人間の尊厳の欠片もない発言に関しては、俺が言わせるかどうか判断しなきゃ」


吉川 「もう二度と言わない。もう二度と『言わせてもらうけど』なんて言わずに、ノーモーションでお前を非難するから。その傲慢さに対しても全身全霊で対抗させてもらう」


藤村 「そう言いつつも心の中では『すみません、言わせてもらってます。いつもご迷惑をおかけしてます』って思ってるんだろ? 俺は発言自体じゃなくて、そのお前の性根に対してジャッジしてるわけ」


吉川 「俺はお前と違うからな! 相手が傷つくかもしれない時は考えちゃうんだよ!」


藤村 「それは優しさではなく弱さだよ。その惰弱さが己を滅ぼすんだ」


吉川 「長年追い求めた宿敵みたいなこと言い出すな。わかった。覚悟を決めた。もう誰がなんと言おうとお前に対しては遠慮しない」


藤村 「なん!」


吉川 「なに? どういう意味?」


藤村 「クソッ! キャンセルできない!」


吉川 「言葉通りに受け止めすぎだろ。めちゃくちゃ素直じゃん」



暗転

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