アピール

吉川 「食洗機を買おうと思うんだけど」


藤村 「食器洗い機? いいじゃん。あると楽だよー。エベレストに登頂しようと思った時にロープウェイがあるくらい楽だよ」


吉川 「そこまでの楽になり加減? でもそれ登ること自体に意義があるんじゃないの? 何のために登ってるの?」


藤村 「じゃあれだ。ちょっと近所に買い物に行くって時にパッキパキにチューンナップしたポルシェ911ターボがあるくらい楽」


吉川 「持て余すでしょ、それは。むしろ楽じゃなくなってない? ちょっとそこなら自転車でいいのに」


藤村 「風景もスーパーも消えてただ一筋の光となるから」


吉川 「スーパーで止まれよ。なんでただ一筋の光になっちゃってるんだよ。スピードの向こう側から帰ってこいよ」


藤村 「でも気をつけなきゃいけないのがさ、食洗機側の言い分だよね」


吉川 「なに、食洗機側の言い分って、どういうこと?」


藤村 「あいつらよくさ『落ちにくい納豆のネバネバもあっという間』とか言うじゃない?」


吉川 「あー、商品紹介でね。あるね。すごいなぁって思ってみてるけど」


藤村 「言っておくけど、納豆のネバネバは落ちにくくありませんから!」


吉川 「そうか? だってスポンジで洗うとスポンジの方にネバネバ成分がついちゃって、その後しばらくネバネバスポンジでお茶碗を洗うことになって、これは洗ってるのか汚してるのかどっちなんだ? ってならない?」


藤村 「ブブー! その愚かさを噛み締めて死ね」


吉川 「そんな強度でひどいこと言わなくてもいいじゃない。納豆のネバネバに対する意見の食い違いで」


藤村 「いいか? 納豆のネバネバってのは水に弱いんだよ。だから水をつけてちょっと指でこすったりすればすぐに取れるの。試しに納豆をかき混ぜる時に水を入れてごらん? 全然ネバつかないから」


吉川 「あ、そういうものなのか」


藤村 「そして食洗機ってのは水を使って洗うものだろ? つまり食洗機にとって納豆のネバネバってのは一番得意な汚れなんだよ。なのに! 『落ちにくい納豆のネバネバも』とか印象操作をして自分が出来るアピールしてくるんだ。いけ好かないだろ?」


吉川 「家電に対していけ好くとか好かないとか感情を抱いたことはまだないが」


藤村 「白々しいんだよ。自分の一番得意なことをわざとハードル上げる感じにして、出来るアピールするの。試験の前に『全然勉強してないわー』とかいって好成績のやつと一緒。ゲリなのに『最近便秘気味でー』とか言いながら漏らすやつと一緒! アピールうぜぇんだよ!」


吉川 「そうなんだ。ゲリのやつは全然共感できないけど。でもそこまで怒ること?」


藤村 「だってお前が異世界転生をした時にだよ」


吉川 「いや、しないよ。異世界転生は」


藤村 「するかもしれないだろ! 最近は流行ってるんだから」


吉川 「流行ってるからってするものじゃないと思うけど」


藤村 「鍛冶屋がさ、あのどんな刃物も歯が立たないドラゴンを切り裂くこの武器、どうですこの武器の切れ味! とかドラゴンスレイヤーをアピールしてきたらうざいだろ?」


吉川 「いや、うざいとかうざくないとかピンとこないな。ドラゴンスレイヤーが非日常過ぎて」


藤村 「そりゃドラゴンスレイヤーなら切れるよ! お前の得意ジャンルじゃん。むしろ切れて当然だろ。それをわざわざ『あの最強のドラゴンを!』みたいに言ってくる根性が腹立つんだよ」


吉川 「でもまぁ、嘘をついてるわけじゃないんだし」


藤村 「でも誠実ではないだろ? たまたまドラゴンを切るのが得意なだけで最強の武器ってわけじゃないんだよ? ドラゴン以外はそんなに切れるわけでもないし、納豆のネバネバを落とせるわけでもないのに、強いドラゴンを引き合いに出してアピールしてくるのはおかしいだろ!」


吉川 「納豆のネバネバそこで活きてきた? ドラゴンスレイヤーでかき混ぜたの?」


藤村 「だから食洗機の言い分も、ちょっと冷静にいろいろな角度から見た方がいいぞ」


吉川 「そこにちゃんと戻るんなら、ドラゴンスレイヤーの喩えは全く要らなかった気がするけど。わかった。ありがとう。じゃ、飯でも行く?」


藤村 「あー、最近ちょっと便秘気味で」


吉川 「ちょ、ちょっと待て!」



暗転

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