人呼んで

吉川 「初めて仕事をするな」


藤村 「あぁ、よろしく頼むぜ。俺は藤村。人呼んで重箱つつきの藤村だ」


吉川 「よろしく、吉川だ」


藤村 「何の吉川だ?」


吉川 「は?」


藤村 「人呼んで、何の吉川だ?」


吉川 「いや、呼ばれてはないが」


藤村 「嘘? 呼ばれないってことある? この業界にいて? 普通呼ばれるでしょ」


吉川 「別に、そういうのはなかったから」


藤村 「え? 周りから無視されてるタイプ? あんまり仕事できないとか」


吉川 「そんなことはない。実績はある。ただ別にそういうのはない」


藤村 「いや、呼ばれるでしょ。俺、気になるんだよね、そういうの」


吉川 「お前が重箱つつきの藤村って呼ばれてる理由がもうわかった。他人に構うな。この仕事が終わったら二度と会わない関係だ」


藤村 「つけてやろうか?」


吉川 「いいから! 別にいらないよ、そんなの」


藤村 「素直になった方が良いぞ。今後一生の話だから」


吉川 「なかったよ? その、人呼んでを聞かれたこと。今まで」


藤村 「あー、みんな気を使ってたんだ。普通自分から言い出すことだから」


吉川 「気使われてたの? 『あいつ無いんだ』って気の毒に思われてたの? 今まで何食わぬ顔で仕事した奴らも」


藤村 「だってあるもん。人呼ばれるもん。言えないでしょ、友達いないのかなーとか思うし」


吉川 「お前は結構ズケズケ言ってくるじゃない。デリカシーないの?」


藤村 「人呼んで逆鱗タッチの藤村だから」


吉川 「色々人呼ばれてるじゃない。なに逆鱗タッチって。ちょっといじられてるよ」


藤村 「まぁ、そんな遠慮のない名をつけられるくらい周りとフレンドリーにやってますって証で」


吉川 「ないってそんなにマズい?」


藤村 「マズいかどうかはわからないけど、ほら。信用の問題だから。誰からも心許されてないやつと一緒に仕事をするのはちょっと警戒するよね」


吉川 「なにかある?」


藤村 「あ、つける? いいよ。じゃ、どうしようかな。お母さんからなんて呼ばれてる?」


吉川 「お母さんから? えっと。『お兄ちゃん』だけど」


藤村 「お兄ちゃんの吉川。とりあえず、暫定でこれ残しますか」


吉川 「嫌だよ。なにそれ。暫定にしないでよ。即却下だよ。もっと俺を表すいい名があるだろ」


藤村 「でも人から呼ばれてないのに人呼んでっていうのはズルだと思うんで」


吉川 「そこは厳密なの? いいんじゃないの、適当で」


藤村 「いいえ。そこだけは守らないと人呼んでの根幹に関わることだから」


吉川 「あんまり呼ばれたことないんだよ。名前以外で」


藤村 「じゃあの、弟さん? 妹さん? からはなんて呼ばれてます?」


吉川 「家族はやめようよ。仕事をする上での人呼んでで家族からの呼ばれ方出すの恥ずかしすぎるよ」


藤村 「そうですか。だとしたら、学校の先生からはなんて呼ばれてた?」


吉川 「普通に名前だよ」


藤村 「普通かぁ。参ったな。じゃ、恋人……は、いるわけないか」


吉川 「勝手に決めるなよ。一応お伺いを立てるのが礼儀じゃないか? 別に呼ばれ方とか教えないけど!」


藤村 「しょうがない。俺が呼び方を決めるか」


吉川 「いや、いい! 絶対ろくな呼び名をつけないだろ。嫌だ」


藤村 「いくら俺でも人呼んでに関して適当なことは言わないよ」


吉川 「その人呼んでに対する敬意はなんなんだ? それほどのものか?」


藤村 「つまりお前はいわゆる既存の枠に収まらないタイプ、規格外の人間ってことだろ? だからみんな名前をつけられなかったんだ」


吉川 「え? どうしたの? すごい良い方に解釈してくれてるじゃない」


藤村 「当たり前だろ。人呼んではその人の一生に関わることなんだから」


吉川 「ちょっと予想外の嬉しさ。そういうのだったらいいかも」


藤村 「よし! お前はその他だ!」


吉川 「は? 人呼んでその他の吉川?」


藤村 「いや、その他だけ。行くぞ、俺たちは人呼んで、重箱つつきの藤村とその他だ!」


吉川 「名ですらねぇ!」



暗転

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