旨煮
藤村 「
吉川 「ファミレスや定食屋にあるやつ?」
藤村 「そうそう。でもあいつズルくない?」
吉川 「料理をズルいズルくないの基準で見てないから」
藤村 「そもそも昔は
吉川 「デビューの頃に注目してなかったよ。煮物に対して『お、今度はフレッシュな若手が出てきたな?』と思ったことないもの」
藤村 「甘煮はわかるんだよ。甘い感じでやらせてもらいますってことだろ? 他の煮物の先輩も『おぉ、甘さを強調してくるのか。これも時代かねぇ』みたいな感じで比較的和やかに受け入れたと思う」
吉川 「煮物の先輩が。『ただし忘れるなよ、煮物の王道はしょっぱさだぞ?』みたいなことを諭しつつ」
藤村 「そう。角煮なんて『ちゃんと確認しろよ』とか言ってきた」
吉川 「うん、それで?」
藤村 「それがいつの間にか旨煮だよ? 旨い煮なんて、全煮物が目指してるやつじゃん。最終的にはすべての煮物は旨煮になる筋道だろ? それを『いや、旨煮は自分のことなんで』みたいにちゃっかり言われたらさ、そりゃないだろって思わない?」
吉川 「なるほど。ぽっと出の新人が最高位を自称した感じか」
藤村 「角煮だって『ちゃんと確認したのかよっ!?』ってご立腹だよ」
吉川 「それ一回無視したのにしつこいな。別に面白くないから二度と言わなくていいよ」
藤村 「無視されてたのか。気づかなかったのかと思って」
吉川 「気づくよ。つまらなすぎてビックリしたよ」
藤村 「一応この話のパンチラインだったんだけど」
吉川 「角煮が? もう終わりにしよう。この話」
藤村 「いや、もうちょっと言いたいんだよ。旨煮のズルについて。だってさ、言ってみればヘラヘラやってきた新人がそのジャンルのミスターを名乗るようなものだよ? 少なくともお前じゃないだろってならない? お前の好きなポケモンでも、全然知らんやつが『ミスター・ポケモンです』って言い出したらどうする?」
吉川 「ポケモンたまたま今やってるだけで別に一家言あるわけじゃないけどな。確かに数々の偉人を差し置いて名乗るならば実績の一つも提示してほしいわな」
藤村 「他の煮物の気持ちになってよ。どんなに美味く煮たところでもう旨煮ではないんだよ。旨煮取られちゃったんだから。準旨煮みたいな二番手になる。……あ、煮番手になる」
吉川 「急に思いついた? 煮番手でくすぐれるなって」
藤村 「神が降りたね」
吉川 「そこまでじゃないよ。貧乏神だってそこまで非力じゃない」
藤村 「そもそも○○煮はさ、味か形状、もしくは素材を名乗ることでそいつの氏素性を見るわけだろ?」
吉川 「そういうものかもね。何煮なのか」
藤村 「そう。角煮んするわけだよ。」
吉川 「大概しつこいな」
藤村 「いまのは違う。流れで自然に出たワードだから」
吉川 「そうかぁ? 審議が必要だと思うけど、まぁいいよ」
藤村 「旨煮が本当に旨いかどうかは食べた人の感想だろ? お前が決めるんじゃないって思わない? 俺にとってはマズ煮かもしれないのに。『いいえ、私は旨煮ですから、あしからず』みたいな有無を言わせなさ。こんな傲慢な名前の煮物ありますか? たとえ美味かったとしても俺は旨煮って呼びたくないよ。人として」
吉川 「少し尊大なところはあるな。まだそれほどのキャリアでもないのに」
藤村 「煮物界って伝統が結構強さを持つ縦社会みたいなところがあるからさ」
吉川 「あるの?」
藤村 「だって、タピオカミルクティー業界とは違うでしょ。あっちは新しい方がむしろ偉いみたいな風潮あるじゃない。ヤングパワーが強いっていう」
吉川 「薄っすら共感する」
藤村 「だから旨煮の横暴を許すことは出来ないし、組合としては断固拒否する」
吉川 「そうか。まぁ、これでも食べて落ち着けよ」
藤村 「お、なにこれ? まさか旨煮じゃないだろうな。……すっぱ!」
吉川 「お酢を使ったさっぱり煮」
藤村 「その名前も角煮んが必要だぞ!」
暗転
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