成分

藤村 「もうすぐおでん煮えるから。そういえば、お前の好きな女優いるじゃん?」


吉川 「ん、どの人だろ?」


藤村 「あの医者の。医者だっけ? 監察医?」


吉川 「あー、はいはい。好きっていうか。まぁ、好きだね」


藤村 「あの人のメイク動画を見たんだよ」


吉川 「ふぅん。別にそういうプライベートまでは興味ないな」


藤村 「その熱量だと話の続きが辛いからもうちょっと好きな感じ出してくれない? 嫌いなわけじゃないでしょ?」


吉川 「まぁ、好きは好きだよ。美人だし。ただ相手は芸能人だからね。恋愛とかでもないから」


藤村 「そんなに好きか。今日の俺を見てなにか気づくことない?」


吉川 「すごい面倒くさい彼女みたいなこと聞くな。もうなんか答えをやり取りして距離感を探ることすら面倒くさい。お前のご機嫌を取るために脳を使いたくない。早くおでん食べたい」


藤村 「聞き方が悪かったな。実はね、今お前の好きな女優と同じメイクをしてるの」


吉川 「あー。なるほど? うん。なるほど以外のコメントはないが」


藤村 「よく見て」


吉川 「うん。わからないでもないな。なるほど。動画を見て真似したんだ。しかしお前の元が強すぎて藤村としか認識できない」


藤村 「そういうことじゃないんだよ。考えてみろよ。今の俺の顔は成分的にはその女優と一緒なんだぞ?」


吉川 「成分?」


藤村 「顔の上に載ってるものは全部一緒なんだから。舐めたら同じ味がするくらい一緒」


吉川 「成分で人を見てないから。クロマトグラフィーじゃないもの」


藤村 「その成分が一緒というのを踏まえて俺の顔を見ろ」


吉川 「いや、無理だって。おじさんが強いんだよ。おじさんの構造が完全に表面の成分を上回ってる」


藤村 「うちに来る時に駅から歩いて青いビルを曲がるだろ?」


吉川 「何の話、急に。わかるけど」


藤村 「みんなが目印にしてるあの青いビルだってビルが青いわけじゃないんだよ。ビルの表面を青く塗ってるだけなんだ。でも青いビルってみんな呼ぶじゃん。表面の成分が中身の本質を表してるんだよ」


吉川 「まどろっこしい理屈を繰り出したな。確かに青いビルって思ってたけど。お前を見て『お、あのメイク』って思わないもの。そもそもあの人を見てる時もメイクとして見てないから」


藤村 「じゃあ、わかった。目を閉じていい。目を閉じて指でそっと触れてごらん? 成分としては一緒ということはさわり心地も一緒」


吉川 「お前の言いたいことはわかるんだけど。おじさんの皮脂が混じってるわけじゃない? それはもう違うものだよ。もうすでにテカテカしてるし」


藤村 「違う違う。皮脂は誤差の範囲だから。計算上含まないから成分は一緒とみなす」


吉川 「計算上じゃなくて人の心として嫌だって言ってるんだよ」


藤村 「なんでだよ! せっかく成分が一緒なのに! こんなにあの女優と成分が一緒の人間にはもう会えないぞ?」


吉川 「そんなこと言われてもな」


藤村 「だってアレだぞ? もし俺を巨大なミキサーに入れてガーッってやってドロドロになったものと、あの女優を巨大なミキサーに入れてガーッってやってドロドロになったものを比べたらだいたい一緒なんだよ?」


吉川 「なんでガーッてやっちゃうんだよ。ガーッてやったものは元がどんな人であろうと気持ち悪さしかないよ。ガーッてやる前が大事なんだから」


藤村 「だったらガーッてやる前の俺のこの顔の表面にもっとときめけよ。まだガーッてやってないんだから」


吉川 「いずれガーッてやる運命みたいになってない? そんなことしなくていいんだよ。お前はお前なんだから!」


藤村 「トゥンク」


吉川 「トゥンクじゃねえよ。まぁ、気持ちだけはありがたく受け取っておくよ」


藤村 「あ、おでん煮えたかな? ほら、わー! ドロドロで美味しそう」


吉川 「ガーッてやっちゃってるじゃん、おでん!」


藤村 「成分はおでんだから」



暗転

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