イントネーション

吉川 「え? ひょっとして発音おかしかった?」


藤村 「あぁ、ちょっとね。別に気にしなくていいと思うけど」


吉川 「いやぁ、気になるんだよそれが。地方出身者にとっては。逆に言ってくれたほうがありがたいんだけど」


藤村 「そういうもの?」


吉川 「結構不安なもんだよ。言った言葉に対して『は?』みたいな感じで来られると、ヤベッ訛ってたかって焦るもん。でも自分じゃわからないじゃん?」


藤村 「そっかー。じゃ、さっきのだけど『かさぶた』って言ったじゃん?」


吉川 「かさぶた。言った」


藤村 「多分標準語とはちょっと違うと思う。標準語だとね、イントネーションは『ビチグソ』と一緒」


吉川 「え? なんて?」


藤村 「ビチグソ。言ってみ?」


吉川 「いや。いい」


藤村 「なんで? 発音だから。言ってみないと合ってるかどうかわからないじゃん?」


吉川 「うん。家で練習してくる」


藤村 「家じゃダメだよ。今合ってるかどうか確かめてあげるって言ってるんだから」


吉川 「でもなんでビチグソなの?」


藤村 「え? どういうこと?」


吉川 「例がさ。なんでビチグソなの?」


藤村 「ビチグソ知らない?」


吉川 「いや、知らないっていうか。よくは知らないよ。なんとなくどういうものかは想像つくけど」


藤村 「それだよ。ビチグソ」


吉川 「なんでよりによってビチグソなの?」


藤村 「なにが?」


吉川 「他の言葉でもいいじゃん」


藤村 「よくないよ。発音が一緒って話なんだから。他の全然違う発音の言葉言われても困るだろ?」


吉川 「あるだろ、他に同じ発音のもの」


藤村 「そりゃ探せばあるだろうけど、思いついたのがビチグソだったんだから。いいじゃん、ビチグソで。要は発音さえ確認できればいいだけだから」


吉川 「でもビチグソは嫌だろ」


藤村 「発音が問題なんだよ。意味の話はしてない。なんでそんな関係ないところにこだわってるんだよ」


吉川 「俺だってこだわってるわけじゃないけど。ビチグソを出されたら泰然自若とスルーはできないだろうが」


藤村 「別に俺はビチグソを出したわけじゃないよ?」


吉川 「知ってるよ。やめろよ! 話の中にその名詞を入れるなよ」


藤村 「最初からビチグソって言ってるよ」


吉川 「言ってはいるけどただの言葉として言ってただろ? ビチグソの意味でビチグソと言うなよ」


藤村 「お前がビチグソビチグソ言うからビチグソの話がしたいのかと思って引っ張られたんだろうが」


吉川 「したいわけないだろ! そもそも言いたくないんだよ。でももう何回も言っちゃってるからいいだろ? あってるんだろ、これで?」


藤村 「言い合いに熱中しすぎてお前がどんなイントネーションでビチグソって言ってたか思い出せない」


吉川 「もういいよ。他の言葉でおかしいところなかった?」


藤村 「えーと、そうだな。『最近太ったんだ』って言ったじゃん?」


吉川 「言った。おかしかった?」


藤村 「ちょっとね。標準語の発音だと『パンティーストッキング』だから」


吉川 「お前の引き出しどうなってんの?」



暗転

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