ウーバーイーツ

藤村 「いらっしゃいませー」


吉川 「こんにちは。ウーバーイーツです。お客様のご注文を受け取りに来ました」


藤村 「あー、ちょっと待ってね。今作るかどうか考えてるところだから」


吉川 「え? 作ってるんじゃなくて?」


藤村 「ちょっと気分が乗らなくてね。作ろうかなーって気持ちがちょっと湧いてきたところ」


吉川 「四の五の言わずに作ってよ! それが仕事でしょ?」


藤村 「そうなんだけどさぁ、俺は料理を出してお客さんの喜ぶ顔を見たくてこの商売してるんだよね。見えないんだもん、顔」


吉川 「そりゃそうですけど、心の中で思い浮かべればいいじゃないですか」


藤村 「お客さんの顔が見えないとね、やっぱりちょっと不味く作ってやろうかなとか思っちゃうわけよ」


吉川 「それは思わないでよ。普段からそんな風に作ってるの?」


藤村 「まぁ、嫌いな顔ってあるからね。そんな客だと思ったらもう不味くせざるをえないよ」


吉川 「せざるを得なくはないでしょ。どんなお客さんにだって平等にちゃんと美味しく作りましょうよ」


藤村 「逆に言えばあんたはお客さんに届けるんだから作ってもないくせに喜ぶ顔が見えるわけだよな? こりゃはっきり言って喜ぶ顔泥棒だよ」


吉川 「そんなアクロバティックな因縁をつけられるとは思わなかった。別にこっちにも見せませんよ、お客さんは。渡すだけだし」


藤村 「渡されて喜ぶ顔見れるんだろ?」


吉川 「最近は顔を合わせない置き配も多いです」


藤村 「それにしたって喜ぶ玄関が見えるじゃねーか」


吉川 「喜ぶ玄関。そんなディズニーに出てきそうな擬人化した玄関の家はないです」


藤村 「だったらさ、間を取ってあんたが喜んで受け取る顔を見せてくれるってのはどう?」


吉川 「ボクでいいならいいですよ。こうですか?」


藤村 「……その顔じゃ不味く作るしかないな」


吉川 「いやいや。今のは渾身の笑顔ですよ。失礼でしょ、そういう言い方も」


藤村 「お前、本気でそれ美味しい料理の受け取り顔やってんのか?」


吉川 「やってんのかって言われても、そんな表現に挑んだこと一度もないもの。なに、受け取り顔って」


藤村 「受け取り顔の一つもできないくせに、よくウーバーイーツやってるな」


吉川 「必須科目なの、それ? 受け取り顔が? 初めて聞いたよ」


藤村 「例えば中華だったら、こう!」


吉川 「料理のジャンルによっても違うんだ。こうですか?」


藤村 「ちょっと良くなったな。スイーツなら、こう!」


吉川 「こうですか?」


藤村 「いいじゃん、いいじゃん。吸収が早い。おでんに入ってるこんにゃく並みに吸収するな」


吉川 「あんまり汁を吸わない具材じゃないですか。どうせならもっと吸いそうなやつに例えてよ」


藤村 「うちの店だったらやっぱりこんな感じかな」


吉川 「こうですか?」


藤村 「もうちょっといける? 眼力」


吉川 「こう?」


藤村 「いいよー、気持ち悪さに目をつぶれば最高の出来」


吉川 「褒め方が毎回下手だな。傷つくんですよ」


藤村 「よっしゃ! あんたの受け取り顔、きっちりと受け取ったよ。後は任せてくれ」


吉川 「やっと料理作ってくれるんですね」


藤村 「ほらよ! これがうちの店の一番の料理渡し顔だ!」


吉川 「顔は誰も頼んでないんだよ!」



暗転

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