二つ名

藤村 「俺が新選組五十七番隊隊長、イイネの藤村だ」


吉川 「よろしくお願いします!」


藤村 「そう緊張するな。取って食いはしない。大方、新選組は血も涙もない殺人集団だという噂でも聞いてるんだろ」


吉川 「いえ。でもまさか新選組がまだ残ってるとは思いませんでした」


藤村 「ずっと細々とやってるよ。時にはコンビニ経営に手を出したりして」


吉川 「あれってそうだったんですか?」


藤村 「いつの時代にもこういう形でしか生きられない漢というのはいるものさ」


吉川 「あの、イイネの藤村ってのはどういう?」


藤村 「これか? 二つ名だな。ある程度名が知れてくるとそう呼ばれる。鬼の副長とか聞いてるだろ?」


吉川 「あー。それがイイネ?」


藤村 「鬼とか仏とかそういう格好いいやつはだいたい取られてるから。ピエンの藤村とイイネの藤村の二択だったんだけど、それならイイネだろ?」


吉川 「だろって言われても。どうしてその二択にまで追い込まれたのかの方が気になります」


藤村 「本当だよ。若い隊士を怯えさせないように気を使って絵文字多めにしてただけなのに」


吉川 「おじさん構文の理屈だったんですね」


藤村 「お前もある程度早めに考えておいた方がいいぞ? 抜け目のないやつは狙ったやつを二つ名にするために語尾をわざとらしく変えたりしてアピールしてるんだから」


吉川 「えー、いります? 二つ名」


藤村 「逆に二つ名欲しくなくてなんで新選組に入ったの? 来るやつってだいたい命知らずの二つ名ジャンキーだけだよ?」


吉川 「マジですか。そんなジャンルのジャンキーがいたことも知らなかった。うかうかしてると変なのつけられるかも知れませんね」


藤村 「41番隊隊長なんかバカの笹咲だからな。俺だったら絶対に嫌だよ。『バカの』って二つ名」


吉川 「それもういじめじゃないですか」


藤村 「結果的に41番隊は全員バカで構成された恐ろしい隊になってるから。お前も気をつけろよ。あいつら敵味方見境ないからな」


吉川 「結構強火のバカじゃないですか。なんでそんなバカばかっかり」


藤村 「まともなやつはバカの隊長の下で働くのが嫌だってやめたんだよ。結果的にバカが濃縮される危険な集団になった」


吉川 「俺、この隊で良かったです」


藤村 「イイネ!」


吉川 「……やや鼻につきますね」


藤村 「一応な。これも局中法度で決まってることだから」


吉川 「こんなのも決まってるんですか?」


藤村 「お前、何か狙ってる二つ名ないの? 好きなものとか」


吉川 「特にないですね。なにかないですか?」


藤村 「あー、確か『切腹の』が空いてたんじゃないかな? 最近使ってたやつ死んだから」


吉川 「絶対嫌ですよ。なに、その演技の悪い二つ名。前の人切腹したんでしょ」


藤村 「あとはなんだろうな」


吉川 「俺、ツムジが前の方にあるんですけど、これとかどうです?」


藤村 「あー、毛関係はもう全滅。金髪、白髪、薄毛、逆毛、毛深い、パーマ、もう全部取られてる。キャラ薄めのやつが選びがちだから」


吉川 「キャラ薄めのやつが」


藤村 「オンライン隊士を含めると全国で14万人いるからね」


吉川 「そんな手広く活動してたんだ。オンラインでも」


藤村 「あ、あいつ。勤皇の坂本だ!」


吉川 「なにっ!? どうします? 斬ります?」


藤村 「何言ってる。仲間だ局中法度で私ノ闘争ヲ不許、だぞ? おーい、勤皇の坂本さん!」


吉川 「それありならなんでもありじゃん」



暗転

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