追い剥ぎ

吉川 「遅くなっちゃったなぁ。この辺に追い剥ぎが出るって言われたし、怖いな」


藤村 「助けてくださいー!」


吉川 「うわっ! どうしました?」


藤村 「スマホのバッテリーが1%で困ってるんです」


吉川 「え。ちょっと。怖いな。それ以上近づかないで」


藤村 「ちょうどソシャゲのイベントが始まるのに」


吉川 「それは諦めろよ。お家に帰ってゆっくりやれよ」


藤村 「知ってますか? この辺りに追い剥ぎが出るそうですよ?」


吉川 「知ってますよ。だから怖いんじゃないですか。あなたがそうなのかと思って」


藤村 「私が? フッフッフ……」


吉川 「ま、まさか!?」


藤村 「この路地抜けていくと明るい大通りに出ますよ」


吉川 「親切! なんだったんだ、今の含み笑いは」


藤村 「ちょっとおかしいこと思い出しちゃって。聞いてくださいよ」


吉川 「いや、結構ですよ。思い出し笑いのネタを聞いて面白かったためしがないし」


藤村 「私の方こそ、あなたが追い剥ぎなのかと思ってドキドキしちゃいましたよ」


吉川 「あぁ、そうですか。それじゃお互い様ですね」


藤村 「ご同好の方でしたか。いやぁ、追い剥がられたいものですなぁ」


吉川 「全然違った。想像を遥かに超える異常者だ。私は同好の者じゃないです」


藤村 「おや? 追い剥がられたくもないのに、なんでこんなところに?」


吉川 「いや、しょうがないでしょ。ここ通る人がすべて追い剥がられたいって決めつけるのおかしくないですか?」


藤村 「すみません。ここで追い剥がられたくない人に会ったことないので」


吉川 「追い剥がられたい人には結構会うの? いるの、あなた以外にそんな人」


藤村 「この辺りはもうスポットなんで。一番マッチングしやすいって口コミにもあるし」


吉川 「追い剥ぎと追い剥がられる人がマッチングしてるの? そんな世界があるの?」


藤村 「じゃないと流石に違法じゃないですか?」


吉川 「いや、違法なんだよ。追い剥ぎは。合法でやってるの追い剥ぎって言わないよ」


藤村 「じゃあ我々、追われて剥がれたい者はどうすればいいんですか? 一生満たされないってことですか?」


吉川 「そんな異常者は満たされなくて当然だろ」


藤村 「そんなこと言ってあなたも本当は追い剥ぎに興味があるんじゃないですか? でなければこんなところに来るはずはない」


吉川 「追い剥ぎ専用通路じゃないだろ、ここは! 追い剥ぎに興味もクソもあるか」


藤村 「わかりますよ。最初は怖いですから。いいですよ、試しにちょっと私のこと追って剥いでみません?」


吉川 「どういうお誘い? それなら試しに、って言うと思う? 犯罪よ?」


藤村 「同意の下なら犯罪じゃないですよ。寂しさを埋めるために温もりを求める都会の者たちはこういう形で肩を寄せ合うしかないんです」


吉川 「あるだろ、もっと他に方法が。よりにもよって追い剥ぎの必要性ないよ。お金だって別に困ってない」


藤村 「あ、私たち同好の者は金銭のやり取りはしません。そこはクリーンで」


吉川 「じゃ、何を追い剥ぐんだよ! 時計とか? バッグとか? 服とか?」


藤村 「やってみればわかりますよ。どっちがいいですか? 追い剥ぐ方と追い剥がれる方」


吉川 「どっちかというと追い剥ぐ方が良いよ。追い剥がれるのは怖いもん」


藤村 「じゃあどうぞ」


吉川 「どうぞって言われてもやりかたわからねーよ! 何をどうするか、初手から見当もつかない」


藤村 「こう、優しく腕を回して耳元に顔を近づけて」


吉川 「バックハグじゃねーか! もしくはあすなろ抱き。これを追い剥ぎって言ってるやついないんだよ!」


藤村 「……トゥンク」


吉川 「トゥンクって、お前! 悪くはないけどっ!」



暗転

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