通訳

吉川 「通訳の方? よろしくお願いします」


藤村 「よろしく」


吉川 「どうしても色々な国の方から話を聞く必要がありましてね。ちなみに通訳の方って何ヵ国語を話せるんですか?」


藤村 「いえ、話せはしませんね」


吉川 「え? 通訳の方では?」


藤村 「はい。通訳です」


吉川 「話せないってどういうことですか?」


藤村 「あ、私は日本語をボディ・ランゲージに通訳する専門で。なので世界中どこでも誰とでも会話ができるんです」


吉川 「ボディ・ランゲージ? それってきちんと文法なんかが定まってるものなんですか?」


藤村 「ま、文化圏によるんですが、人間の培ってきた伝達の意志の方向性というのはある程度決まっているんです。だからそこをきちんと抑えておけば世界中のあらゆる言語の人、及び動物にはいけますね」


吉川 「動物にもいけるんですか?」


藤村 「そこは種類は限られます。ただ哺乳類でしたらまず間違いなくいけます」


吉川 「へー! すごいな」


藤村 「それほどでもないですよ」


吉川 「ちなみに、今の『それほどでもないですよ』をボディ・ランゲージで表わすとどうなるんですか?」


藤村 「は? なんで?」


吉川 「いえ、どう言う風に表現するのかなぁと思って」


藤村 「あなたは日本語がわかるんだから日本語でいいでしょ。なんでわざわざボディ・ランゲージで伝えなきゃいけないの」


吉川 「でもほら、後学のためにどういうものかなぁって」


藤村 「なんでそんな疲れることしなきゃならねえんだよ。調子に乗ってると殴るぞ?」


吉川 「あ、すみません」


藤村 「くだらないことさせるなよな? 俺の言ってることわかるよな?」


吉川 「あ、はい。わかります」


藤村 「よし。じゃあ通訳が必要になったら言ってよ」


吉川 「ではあちらの女性の方いいですか?」


藤村 「彼女か。本当にいいんだな? どうしても彼女と話したいってことで」


吉川 「いや、どうしてもというほどじゃないですけど」


藤村 「は?」


吉川 「まぁ、ちょっと話を伺いたいなとは思ってるんですが」


藤村 「ちょっと?」


吉川 「いえ、あの。いいです。別の人にします」


藤村 「わかった」


吉川 「あちらの男性。あの方と話がしたいです」


藤村 「あの人ね。どうしてもなんだな?」


吉川 「はい、どうしても」


藤村 「何があっても保証はしないからな」


吉川 「え、ちょっと待ってください。なにかあるんですか?」


藤村 「それはわからないだろ。でも何があっても俺は関知しない」


吉川 「いや、関知してくださいよ。正しく意図を伝えて」


藤村 「じゃ、聞くが。お前は日本語ネイティブの人間と話す時は、常に完全に意図を伝えられてるのか? 今までの人生、会話の齟齬が一度もないのか?」


吉川 「ありますけど」


藤村 「ならどうなるかわからないだろ」


吉川 「でもほとんど大丈夫じゃないですか。しかも専門の通訳の方なんですよね?」


藤村 「そうだよ。なに? なんか不満あるの?」


吉川 「そんなことないです。じゃ、お願いします」


藤村 「まぁ、任せておけ。あいつは強そうだけどなんとかなるだろ」


吉川 「強そうとか関係あるんですか?」


藤村 「多少な。でもゴリラよりはいけるだろ。じゃ、身体に言い聞かせてくるわ」


吉川 「あー、そういうタイプのボディ・ランゲージか」



暗転

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