辞世

家老 「殿! 民衆が一揆を目論んでいる模様です」


吉川 「なんだとっ!? 確かに今年は不作であったが、こちらとしても窮しているところに。やむを得まい、状況を精査し租税を軽くするよう考えよう」


家老 「辞世はどうします?」


吉川 「辞世? 辞世って?」


家老 「辞世の句ですけど。一応、念のために読んでおきます?」


吉川 「いや、死なないでしょ。一揆だって起こらないように対処するから」


家老 「でももし一揆が起きたら即死ですよ?」


吉川 「即死なの!? それはお前たち家来がなんとかすべきことじゃないの?」


家老 「無理ですね。即死だと思います。本気の農民はエグいって言いますから」


吉川 「諦めるの早すぎじゃない? どうやって即死するの? 呪い?」


家老 「スナイパー的なアレがいるんじゃないですかね。よく知りませんけど。ほぼ即死って聞いてますよ?」


吉川 「誰から何を聞いたんだよ!」


家老 「辞世、いっといたほうがよくないですかね?」


吉川 「必要ないでしょ」


家老 「でも先代の大殿は辞世をちゃんと考えてなかったせいで、もう今となっては誰も覚えてないですよ」


吉川 「お前は覚えてるだろ。ワシの父だよ。バカにすんなよ」


家老 「もう顔も思い出せないですよ。辞世の句があればはっきり覚えてられたのに」


吉川 「顔は関係なくない? 辞世の句で」


家老 「そんなことないですよ。4代前の殿なんて辞世の句がバッチリでしたから『クリクリ目 鼻筋通った への字口』と読んだおかげで今でもみんな顔を思い浮かべられます」


吉川 「それ辞世? そんな絵描き歌みたいな辞世の句ある? ワシの祖先そうなの?」


家老 「世に残るってのはこういうことですよ」


吉川 「その爺さん、人生通してなにを伝えたかったんだよ。死にそうな時に『クリクリ目』って言ってたの?」


家老 「そのくらい大事なんで。もし考えるの面倒なら、予めこちらがセンテンスを用意しておきますから、そこからランダムで選ぶって方式もアリですね」


吉川 「アリってなんだよ。ワシの辞世の句をそんなパズル感覚で組み立てちゃう気?」


家老 「一応、このカードに書いてあるんで。一枚引いてください」


吉川 「引きはするけど、別に辞世の句を読むって決めたわけじゃないからね。はい、これ」


家老 「『キンタマよ』ですね。あー、これ頭で来ちゃったか。できれば締めとしておしりが『キンタマよ』の方が良かったですね。でもしょうがない」


吉川 「しょうがなくないよ。絶対やだよ! 入れるなよ、そもそも『キンタマよ』を」


家老 「二枚目は七文字です。ここ重要ですから」


吉川 「もういいよ。キンタマから発展する辞世に未来はないよ。一応引くけど。はい」


家老 「『かぜはな名残なごりて』ですね」


吉川 「逆になんでまともなの? キンタマを入れるセンスだったのにどうした急に。キンタマだけが最悪だったの? たった一枚のジョーカーがキンタマ?」


家老 「最後、五文字。これでビシッと締まりますから」


吉川 「キンタマで開幕してるんだから締めたところでどうでもいいんだよ。じゃ、これ」


家老 「『かぜはなよ』ですね。あー、風花ダブっちゃいましたね」


吉川 「ダブるってことある!? すごい語彙の少ないやつの辞世じゃんキンタマと風と花しか伝えてない。もう生きた証がなにもないよ」


家老 「どうします? これ一応暫定で辞世の句にしておきます?」


吉川 「しないよ! するわけないだろ。末代までバカだと笑われるよ」


家老 「うわっ! 殿! なんか一揆がもうそこまで来てるらしいです。マズイですよ」


吉川 「嘘だろ。そんなすぐのことだったの? ワシはちゃんと声を聞くよ?」


家老 「もうほぼ即死ですね」


吉川 「辞世の句 ちゃんと読んどきゃ よかったな」


家老 「いただきました!」


吉川 「いや、これも違うからな!」



暗転

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