裏切り

吉川 「はい、豚生姜焼き定食。お待たせ!」


藤村 「うわぁ、美味しそう」


吉川 「旨いよぉ」


藤村 「いやぁ、なんか嬉しい裏切りです。ご店主さんも最初は怖いのかなぁと思ってたんだけどすごく人当たりが良いし」


吉川 「よく言われるんだよ。顔がね。怖いらしいんだよなぁ。全然そんなことないただのおっちゃんだよ」


藤村 「あと安いから量も少ないのかなぁと思ってたら、肉こんなに! 唐揚げまでついてる」


吉川 「ははは。うちは学生さんなんかも多いからね。なるべく満足してもらいたくて」


藤村 「うわっ! 肉、やわらかい! どうせカチカチの肉だろうと思ってたのに、すごいやわらかい。もうとろける」


吉川 「あぁ、うん。カチカチの肉だろうと思った? うちは肉はこだわってるからね。信頼おけるところに頼んでるから」


藤村 「唐揚げもジューシー。どうせパッサパサのクズ肉だろうと思ってたのに。溢れ出す肉汁!」


吉川 「どうせパッサパサのクズ肉だと最初に思ったの? それはなんで?」


藤村 「あと臭みも全然ない。絶対臭いだろうと思ったのに。まったくそんなことないですよ」


吉川 「臭いだろうと思ったんだ? 食べてもないのに。うちはそういうのちゃんとしてるからね。臭いってことは絶対ないよ」


藤村 「どうせ汚い店だろうと思って入ったけど、意外と全然きれいですし」


吉川 「なんていうかさ、ちょっと失礼な言い方がちょいちょいあるな。いや、悪意がないのはわかるんだけど。デリカシーがないな」


藤村 「でもだいたいこういうお店って二度と来たくない最低なのが多いじゃないですか。でもここは最低じゃないですし」


吉川 「最低じゃない。それは褒め言葉としては圧力が弱いな」


藤村 「完全にぼったくりとかしそうなのに、そんなことないですし」


吉川 「なにをもってしてぼったくりしそうだと思った? 教えてもらえるかな。詳しく」


藤村 「マジでヤバそうで、どうせ客も全身タトゥまみれで目の焦点があってない人ばっかりだと思ったけど、そうじゃかなかったですし」


吉川 「店の外観がそう見せるの? 普通だと思うけど?」


藤村 「この椅子とかもなんかヌメヌメしてるのかなと思ったら、特にヌメヌメしてませんし」


吉川 「ヌメヌメしてそうに見えるか? その椅子が。謎の粘液で」


藤村 「壁なんかもビッシリ呪詛の言葉が書かれてそうなのに、そんなに書かれてないし」


吉川 「そんなにというか一個もないよ。呪詛の言葉は。何を見てるの?」


藤村 「床なんかツルッと滑りそうかなと思ったら、油のせいかペタペタするから逆に滑らないし」


吉川 「ペタペタしないだろ別に。開店前に掃除してんだよ、ちゃんと」


藤村 「気色悪い店だからもう帰ろうかなと思ったら、店主がサービスしてくれそうになるし」


吉川 「しないよ? そこまで言われてなんでサービスすると思った?」


藤村 「そう見せかけてしてくれないかなと思ったら、やっぱり結局してくれるし」


吉川 「持ちこたえるなぁ! 全然する気ないから。早く帰ってくれ」


藤村 「そこまで言われたら帰ります。と思ったら……」


吉川 「思うな! 二度と思うな!」



暗転

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